コラム

迷走の末、「無意味な減税」に行きついた岸田政権の経済対策...「全額給付」の方がマシとすら言える理由

2023年11月08日(水)19時46分
岸田文雄首相

BING GUAN–REUTERS

<議論はいつの間にか、「期限付きの所得減税」と「給付」の組み合わせというありきたりな形に落ち着いてしまった>

岸田政権の経済政策が迷走に迷走を重ねている。当初は経済対策の5本柱という形で骨子を示したものの、内容が不明瞭であるとの批判が高まり、議論はいつの間にか経済政策そのものよりも、減税に移ってしまった。

減税策についても党内から大型減税をにおわせる発言が相次ぎ、内容が二転三転した挙げ句、最終的には所得減税と給付の組み合わせというありきたりな形になってしまった。現実問題として所得減税に大きな効果はなく、政治的にもあまり意味のある施策とはならない可能性が高い。

もともと岸田政権は、防衛費の倍増や子育て支援策の拡充など、財政規模を拡大させる方針を打ち出していた。特に防衛費の倍増については、財源の一部として所得税の増税分を充てると明言しており、国民の間では何らかの形で増税が行われるとのイメージが出来上がっていた。

子育て支援策についても、大幅に拡充する以上、財源が必要なことは明白であり、この点についても国民に潜在的な増税意識を植え付けていたと言えるだろう。

ところが、打ち出した経済対策の評判が悪く、十分な支持が得られないことが明らかになると、自民党内が浮き足立ってきた。

減税を求める声があちこちから噴出し、官邸も引っ込みがつかなくなり、最終的に期限付きの所得税減税と給付という陳腐な形にならざるを得なかった。こうした状況で迎えた臨時国会では、党内で減税論を主張していた世耕弘成参院幹事長自身が、一転して首相の減税策を批判するなど、与党内は収拾がつかない状態となっている。

減税や給付が行われても多くは貯蓄に回る

先ほど説明したように岸田政権は相次いで財政支出増大の方針を打ち出しており、国民は何らかの形で増税が行われると予想している。こうした環境下において1年の限定付きで減税や給付が行われても、多くが貯蓄に回ることは想像に難くない。加えて言うと、国民からの支持率回復という面でも減税策は大きな効果は得られない可能性が高い。

日本の所得税は累進課税となっており、高額所得者ほど税負担が重い。年収400万円のサラリーマンが毎月支払っている所得税は7000円に満たない水準であり、ここから減税が行われても有権者は税負担が軽くなった実感を持ちにくい。

国民に直接アピールするという点に議論を絞れば、その政策の是非はともかくとして、全額給付のほうが国民にとっては分かりやすいだろう。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米航空管制システム刷新にRTXとIBM選定の可能性

ビジネス

午前の日経平均は続伸、米株の底堅さ好感 個別物色が

ビジネス

中国CATL、5月に香港市場に上場へ=関係筋

ワールド

米上院、トランプ関税阻止決議案を否決 共和党の造反
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 2
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 3
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    中居正広事件は「ポジティブ」な空気が生んだ...誰も…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story