コラム

中国が一帯一路で進める軍事、経済、文化、すべてを統合的に利用する戦い

2020年07月14日(火)17時10分

一帯一路の軍事展開、港湾と道路の確保

一帯一路と軍事には切っても切れない関係がある。日本の令和元年版の防衛白書も、一帯一路が軍事と結びついていることを暗に指摘しており、この白書を見たブルームバーグは「日本は、中国が一帯一路を通じて人民解放軍をインド太平洋地域に展開できると信じている」(2019年9月26日)と報じた。

アメリカのランド研究所の「At the Dawn of Belt and Road」(June 22, 2020)や、全米アジア研究所(The National Bureau of Asian Research)の「securing the belt and road initiative China's Evolving Military Engagement Along the Silk Roads」(2019年9月3日)を始めとして、一帯一路における中国の軍事展開についてさまざまなレポートが公開されている。多くの国の機関が一帯一路の軍事展開について懸念を持って注視しているのは確かである。

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実際に一帯一路のローンのために99年間中国企業に運営権が渡ったスリランカのハンバントタ港にはすでに中国の軍事拠点が作られている。

さらに2018年12月8日のNew York Timesの記事では、一帯一路の中心のひとつ中国・パキスタン経済回廊(China-Pakistan Economic Corridor、CPEC)で中国が軍事展開しようとしていることが暴露された。続くCNBCの記事ではアメリカの専門家の言葉、「驚きに値しない」を紹介している(2018年12月24日)。一帯一路が中国の軍事と連動することは当然ととらえられている。

一帯一路において中国が進めている軍事展開とは主に下記になる。

・投資、貸し付けを行って、インフラなどの整備を進める(このローンが道路や港湾を手に入れる切り札になる)
・道路および港湾を優先的あるいは独占的に使用できるようにし、軍事拠点を作る
・地域で利用する衛星測位システムをアメリカのGPSから中国の北斗衛星導航系統(BeiDou)に変更する
・新型兵器や弾道ミサイル潜水艦などの兵器を提供する
・兵器生産拠点を作る

軍事的に特に注目すべきは港湾とそこに至る道路を確保することと、北斗衛星導航系統(BeiDou)を使用させることと考えられる。

港湾と道路については軍事専門家あるいは地政学の専門家の方々が何度も取り上げているので、くわしくは書かないが簡単にご紹介しておく。中国は世界3位(あるいは4位)の国土を持つが、その領海は驚くほど狭い。世界トップ10はおろか20位以内にも入っておらず、33位である。世界地図を見るとすぐにわかるが、中国は大陸の内側に広い国土を持つが、ほとんどの外縁部は他の国と接しており、海に接していない。地政学上、港湾を確保することは中国にとって重要な意味を持つ。そこで一帯一路を通じて経済圈を拡大しつつ、港湾とそこに至る道路を手にしようとしている。

中国版GPSと急拡大する中国の民間軍事会社

あまり知られていないのが衛星測位システムをアメリカのGPSから中国への北斗衛星導航系統(BeiDou)への変更させる軍事上の意味である。日本ではアメリカのGPSがスマホなどでも使われているので、ほとんどの方はGPSをご存じと思う。しかしGPSがアメリカの衛星測位システムの固有名詞であることは意外と知られていない。EUやロシアなどでも独自の衛星測位システムを保有しており、中国は北斗衛星導航系統(BeiDou)を保有している。

衛星測位システムを利用するということは、そのシステムを保有する国に位置情報を依存することになる。いざという時に使用できなくなったり、誤情報を流されたりする可能性もある。位置情報システムは日常生活、交通、軍事さまざまな用途で使われており、その影響は社会全体にとって甚大だ。

アメリカのGPSから中国の北斗衛星導航系統へ切り替えることは位置情報でアメリカに依存しないという大きな意味を持つ(中国に依存することになるわけだが)。北斗衛星導航系統では双方向通信を可能としており、SMS(ショートメッセージ、BeiDou3では漢字千文字、14000ビット、グローバルショートメッセージ通信サービスが利用可能)を利用者同士が送り合うことができる。これを利用して遠隔地のシステムに命令を送信することもできる。また前掲のNew York Times記事によればスマホ、車両、船舶、ミサイルなどの位置を捕捉可能となるとしている。同記事では一帯一路の中核となったとまで言っている。前掲の全米アジア研究所のレポートでも北斗衛星導航系統を軍事上重要なキイであるとしている。

一帯一路には、もうひとつ注目すべき動きがある。民間軍事会社(PSC)である。前掲の全米アジア研究所のレポートによると、5,000の民間軍事会社が300万人以上を雇用していた。多くは規模も小さく、練度も低く、一帯一路の警護など海外に展開できる経験やノウハウを持たないが、海外に進出しているのは20社に満たない(2016年中国企業の海外警備会社ランキング、 2016年3月30日)。ちなみに日本の自衛隊はおよそ30万人、アメリカ軍は214万人、中国の人民解放軍は269万である(世界の軍事力ランキング トップ25[2019年版]、2020年1月9日)。練度が低い者が多いとはいえ、300万人以上というのが確かなら莫大な数と言わざるを得ない。

たとえばHua Xin Zhong An社はマラッカ海峡からソマリア沿岸まで中国企業の船舶を警護している。こうした民間軍事会社が一帯一路各地で警備を行っている。2005年に設立されたChina Cityguard Security Service社は1万5千人の社員を抱え、海外に17の子会社を持ち、9つの海外のセキュリティ会社と提携している。一帯一路が始まって以来、13の契約を締結しており、もっともリスクの高いパキスタンでも活躍している。

だが、一帯一路は非常に広いエリアに渡っており、その拡大は急速のため、中国の民間軍事会社では手が回っておらず、アメリカの民間軍事会社ブラック・ウォーターの元CEOが率いるフロンティア・サービス・グループにも一帯一路を警備を委託している。フロンティア・サービス・グループの最大の株主は中国の投資ファンドCitic Groupである。

フロンティア・サービス・グループは北京のInternational Security Defense Collegeでトレーニングも行っている(ロイター、2017年5月30日)。短期的にはこうした中国系ではない民間軍事会社の助けを借りざるを得ないが、遠くない将来には中国の民間軍事会社が世界各地を跋扈する可能性は高い。一帯一路の安全保障上、重要な役割を果たすことになるので、その多くは中国政府との強い結びつきを持つ事になるだろう。

ここまで各分野について中国の一帯一路の現状をご紹介した。もちろん、これはごく一部に過ぎない。それでもつなぎ合わせると、デジタル・シルクロードの測位衛星が軍事的なキイにもなっており、利用を広げること(中国製スマホ、自動車、兵器、船舶の提供)が安全保障上の優位につながる。さらに利用者がスマホで測位衛星にアクセスすれば位置と利用者が特定され、その情報から社会信用システムから詳細な個人情報まで紐付けられるといった有機的な連動が見えてくる。

次回は全体として一帯一路がどのような超限戦を繰り広げているのか整理してみようと思う。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)など著作多数。X(旧ツイッター)

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