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アングル:ミャンマー特殊詐欺拠点、衛星通信利用で「停電作戦」での摘発困難に

2025年04月27日(日)08時04分

 4月24日、今年2月、タイとミャンマーの当局は協力してミャンマーの特殊詐欺グループ拠点への電力供給を停止し、インターネット通信回線を遮断した。写真は2月、タイ側が電力供給を停止したと発表した際のミャンマー・シュエコッコの町。 タイ側から撮影(2025年 ロイター/Athit Perawongmetha)

Rebecca L. Root

[バンコク 24日 トムソン・ロイター財団] - 今年2月、タイとミャンマーの当局は協力してミャンマーの特殊詐欺グループ拠点への電力供給を停止し、インターネット通信回線を遮断した。これは各拠点に監禁され、無理やり働かされていた人身取引の被害者を救い出す空前の作戦の一環だった。

救出作戦は成功を収め、29カ国から集められた約7000人が解放された。

ただ人身取引問題の専門家は、スターリンクや中国のスペースセイルといった人工衛星経由のネット接続サービス技術がミャンマーとタイの国境地帯で広く使われている以上、電力供給停止が大きな効果を発揮したかどうか疑問視している。

米実業家イーロン・マスク氏が所有するスペースXによって展開されているスターリンクは、バックパックにも入るほど持ち運びが簡単な小型アンテナ経由で高速ネット通信を提供する。このアンテナを空に向ければ安定的な通信環境が確保される。最低料金は月額65ドルだ。

人身売買反対活動を行う非営利団体「インターナショナル・ジャスティス・ミッション・タイランド」のカントリーディレクター、アンドルー・ワスウォンセ氏は「詐欺グループの拠点がある地域でスターリンクのアンテナが次々と立ち上げられるのを目にし始めている」と語った。

国連薬物犯罪事務所(UNODC)によると、昨年ミャンマーとタイの当局が押収したスターリンク機器は80を超えた。

スターリンク機器はタイとミャンマーでは所持が許可されず、違法と見なされている。その上、これらの機器が特殊詐欺などの犯罪に悪用されていることを認識しているタイ当局は徹底的な押収に乗り出しているが、ASEAN(東南アジア諸国連合)の貿易協定によってタイに輸入された製品は検査をされず別の加盟国に持ち込める形になっているため、追跡が難しい。

タイ司法省の人身売買犯罪取り締まり部門責任者を務めるシリウィシュ・カセムサプ氏は「(ミャンマー拠点の)犯罪グループがタイを経由して多くのスターリンク機器を入手する流れは承知している」と歯がゆさをにじませる。

ワスウォンセ氏は、詐欺犯罪の拠点ではタイで提供されている違法なネット接続サービスも利用していると述べた。2月の作戦で解放された人々の証言でも、通常のネット通信回線遮断は効果が乏しかったことが分かっており、同氏は逮捕状や家宅捜索をちらつかせる方が被害者解放には実効性があるとみている。

<被害者の声>

国連の推計では、ミャンマーやカンボジア、ラオスにある犯罪グループの詐欺拠点に監禁されている人は数十万人に上る。

南アフリカ出身のサラさんの場合は、ハイテク関係の仕事があるとだまされてバンコクにやってきた後、ミャンマーに連れて行かれて詐欺の加担を強いられた。

暗い地下にある拠点で9カ月にわたって毎日21時間も見知らぬ人たちをネットを通じてうその投資話に誘い込むよう言われ、断れば水も食料もない「独房」に閉じ込めると脅されたという。

サラさんは母親が病気だと犯罪グループを説得し、身代金としてかき集めた10万ドル近くを支払い、ようやく解放された。彼女は今も、金を借りた友人や家族に返済を続けている。

タイ国籍のパリットさんは2023年に同じ拠点から逃げ出した。

それまで半年間、詐欺行為を強要されていたパリットさんは、小さな部屋で他の11人の男性と暮らしていたが、そこには汚れた水しかないバスルームが1つだけで、多くの病人が出たものの薬はないし、休みも与えられなかった、と振り返る。

「働かず、指示を聞かなかったら、殴られるなどの罰を受ける」と語った。

パリットさんはタイに戻ることができたとはいえ、まだ何千人もの被害者が引き続き監禁され、詐欺の片棒を担がされている。

<タイが果たす重要な役割>

複数の専門家によると、主に中国、台湾、韓国、日本の出身者で構成される詐欺グループの犯行にとってネット環境は不可欠で、通常回線以外のさまざまな手段で確実に接続できるよう資金をつぎ込んでいる。

このためUNODCの人身売買・密入国地域コーディネーター(東南アジア・太平洋)、レベッカ・ミラー氏は、より幅広く網を張って接続を遮断するのが有効だと話す。

今回の作戦については、タイ政府が特殊詐欺問題を深刻に受け止め、やろうと思えば多様な取り締まり手段を講じられるのだと示した象徴的な意味があった、というのがミラー氏の見方だ。

一方、アジア・ヒューマン・ライツ・アンド・レーバー・アドボケーツのディレクター、フィル・ロバートソン氏は、こうした強力な対応はもっと早く取られるべきだったと述べた。

ロバートソン氏は、タイは国境が穴だらけでネット機器から麻薬、人間まで密輸ルートの重要な中継地になってきた半面、同国は犯罪グループの活動を困難にできる力を持っていると指摘する。

同氏によると、犯罪グループの拠点にとって大事な「用心棒役」になっているミャンマーの武装勢力「国境警備隊(BGF)」に対してタイ政府は大きな影響力を有しており、ミャンマーの中央政府よりもタイが取り締まりに本腰を入れる方が意義はあるという。

実際タイ政府は国境管理を強化すると表明しており、今後サラさんのような人を簡単にはミャンマーに送り込めなくなる。

サラさんはミャンマーの詐欺拠点に閉じ込められた際に、国境でのチェックがなかったため自分はまだタイ国内にいると錯覚していたと明かした。

司法管轄権が複数の国にまたがるマネーロンダリング(資金洗浄)や人身売買、サイバー犯罪などの捜査は難しいが、今回のタイとミャンマーの共同作戦で明るい展望が開けた、とワスウォンセ氏は評価している。

とはいえどこかで被害者が解放されても、別の場所で新たな被害者が生まれるだけだという側面も否定しがたい。

ミラー氏は、UNODCは既に監視対象としていた拠点が、タイ国境沿いのミャワディからミャンマー南部の山岳地帯に移動しているのを目にしており、まるで「モグラたたき」の様相を呈していると漏らした。

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