ニュース速報

ワールド

アングル:「ロシアは守ってくれなかった」、アルメニア系避難民の嘆き

2023年09月29日(金)18時52分

 アゼルバイジャンの首都バクーでアルメニア人家庭に生まれたサムベルさんは、まだ子どもだった1989年、生地を離れた。そして今回、飛び地であるナゴルノカラバフからも脱出することになった。写真は9月24日に撮影された、ナゴルノの中心都市ステパナケルトを離れるアルメニア系避難民らの車列(2023年 ロイター/David Ghahramanyan)

Felix Light

[ゴリス(アルメニア) 25日 ロイター] - アゼルバイジャンを脱出したサムベル・アラベルジャンさん(45)にとって、これは人生2度目の逃避行だ。

同国の首都バクーでアルメニア人家庭に生まれたサムベルさんは、まだ子どもだった1989年、生地を離れた。飛び地であるナゴルノカラバフを巡り、アゼルバイジャン人とアルメニア人の武力衝突が発生した年だ。

そして今回、そのナゴルノカラバフからも脱出することになった。アゼルバイジャンは前週、この地域で電撃的な軍事行動を起こし、アルメニア系住民12万人にとって30年続いた事実上の独立に終止符が打たれた。

住民の多くは現在、所持品をポリ袋に詰め込み、ナゴルノからアルメニアに向かう唯一の道路を埋め尽くす車やバスに乗り込み、恐怖に駆られて脱出している。

避難する人々にとって主要な通過地点となっている、アルメニア国境の町ゴリス。劇場の外で、サムベルさんは「悪夢だ」と語る。一緒に座っているのは妻のモニカさん、息子のハイクさん(21)、モニカさんの両親だ。

元警察官のサムベルさんは、ナゴルノのアルメニア軍基地で文民職員として働いていた。ナゴルノの中心都市ステパナケルトから真っ先に逃れたアルメニア系住民の1人だ。

だが幼少時のバクー脱出に比べ、今回の逃避行はさらに困難だ。

1989年、サムベルさんとその家族は、近隣の都市スムガイトでアルメニア系住民に対する虐殺が発生した後、バクーからアルメニアの首都エレバンへと逃れた。当時のバクーはソビエト連邦内の多国籍都市で、少数民族であるアルメニア系住民も数多く暮らしていた。

アゼルバイジャン人の隣人らは、サムベルさん一家を守って国境まで車で送ってくれた。「良い人たちだった」とサムベルさんは語る。後に残した家財道具も隣人らが送ってくれた。その後、サムベルさん一家はナゴルノへと移った。

<「また避難民に」>

だが今回、彼らは全てを失った。

ステパナケルトでは、アラベルジャン家は4部屋ある一軒家で暮らしており、家庭菜園まであった。アゼルバイジャン側が昨年12月に開始した9カ月間に及ぶ封鎖によりナゴルノカラバフは深刻な食料不足に陥ったが、それでも生き延びられたのはこの菜園のおかげだ。

「ステパナケルトに移り、結婚して家も建てたのに、今また避難民になってしまった」とサムベルさんは語る。

会計士である妻のモニカさんは、歩道に座り込み、「持ち出せたのはそれぞれのコートだけだ」と語る。脇には、ボランティアから渡された毛布を入れた袋が置かれている。

一家は24日の夜、日産のミニバンで夜を徹して走り、ステパナケルトを離れた。避難民の車列が街を出始めていると聞いたからだ。当面、親戚のいるエレバン近郊のチャレンサバンを目指している。

国外脱出の際には、アゼルバイジャン側の国境警備隊を突破するというリスクがあったという。サムベルさんは過去にナゴルノで軍務経験があり、息子のハイクさんは、前週までナゴルノ駐留のアルメニア軍で勤務していた。

「大きな賭けだった」とサムベルさんは話す。

モニカさんによると、アゼルバイジャンの国境警備隊員は検問所でハイクさんを兵士だと見破ったが、車に武器を積んでいないことを確認した上で通してくれたという。

この悲惨な事態に至った責任は誰にあるかと尋ねたところ、家族からははっきりした答えが返ってきた。

「アゼルバイジャン人について言うべきことはあまりない」とモニカさん。「ロシア人に言いたいことはたくさんあるが」

サムベルさんもモニカさんも、2020年のアゼルバイジャンとアルメニアの軍事衝突の後、ナゴルノに派遣されたロシアの平和維持部隊2000人の行動を非難した。紛争以前はロシアに対して好感を抱いており、ロシア語学校にも通っていたという。

夫妻によれば、昨年12月からの封鎖の際、平和維持部隊は市民をナゴルノから出してやるのと引き換えに賄賂を要求していた。ロイターでは、この件について裏付けを得られなかった。

「もちろん、この事態はロシアの責任だ」とモニカさんは言う。「2020年に彼らがやってきた時は、私たちを守ってくれるだろうと思ったのに」

キリスト教徒であるアルメニア人は伝統的に、イスラム教徒の多いアゼルバイジャンとトルコという隣国から自分たちを守ってくれる存在として、ロシアに期待を寄せてきた。

ロシア大統領府のペスコフ報道官は25日、同国は依然としてアルメニアを同盟国とみなしているが、アルメニア側がナゴルノカラバフの状況についてロシア政府を非難しようとするのは筋違いであるとした。

その上で、ロシアはナゴルノカラバフのアルメニア系住民の権利を保証することに努めると言葉を添えた。

(翻訳:エァクレーレン)

ロイター
Copyright (C) 2023 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシアで対独戦勝記念式典、プーチン氏は連合国の貢献

ワールド

韓国地裁、保守系候補一本化に向けた党大会の開催認め

ビジネス

米労働市場は安定、最大雇用に近い=クーグラーFRB

ワールド

パナHDが今期中に1万人削減、純利益15%減 米関
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 2
    ついに発見! シルクロードを結んだ「天空の都市」..最新技術で分かった「驚くべき姿」とは?
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 5
    SNSにはトップレス姿も...ヘイリー・ビーバー、ノー…
  • 6
    骨は本物かニセモノか?...探検家コロンブスの「遺骨…
  • 7
    中高年になったら2種類の趣味を持っておこう...経営…
  • 8
    教皇選挙(コンクラーベ)で注目...「漁師の指輪」と…
  • 9
    恥ずかしい失敗...「とんでもない服の着方」で外出し…
  • 10
    韓国が「よく分からない国」になった理由...ダイナミ…
  • 1
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 2
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つの指針」とは?
  • 3
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 4
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 5
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 6
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 7
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 8
    シャーロット王女とスペイン・レオノール王女は「どち…
  • 9
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 10
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 6
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 7
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中