ニュース速報

ワールド

アングル:「人命と経済」、米国が直面する対コロナ対策の難問

2020年04月04日(土)07時50分

3月30日、米ミネソタ州でコンサルタント会社を営むモリー・ジャングバウアーさんは、新型コロナウイルスの影響で観光事業者の顧客からの収入が減り、従業員150人のうち30人を解雇せざるを得なくなった。写真は、ニューヨークに入った米海軍の病院船(2020年 ロイター/Mike Segar)

[サンフランシスコ/ワシントン 30日 ロイター] - 米ミネソタ州でコンサルタント会社を営むモリー・ジャングバウアーさんは、新型コロナウイルスの影響で観光事業者の顧客からの収入が減り、従業員150人のうち30人を解雇せざるを得なくなった。彼女は新型コロナ感染症を発症したニューヨーク在住の娘を案じてもいたが、一方で、ミネソタ州が無期限に外出を禁じて経済が停滞することは「不可逆的な」悪影響をもたらしかねないと懸念している。

このため同州のティム・ウォルツ知事が前週、当面の「計画」を示し、安堵感が広がった。今は商業・社会活動を厳しく制限するが、5月4日までに経済を再開すると知事は発表。「経済的な制限に関する一定の期限を知ることができてうれしい」とジャングバウアーさんは語る。

一部エコノミストの予想では、経済封鎖により米国の国内総生産(GDP)は25%がそれ以上縮小し、失業は数千万人に及ぶ可能性がある。

数千万人の失業および数兆ドルの経済損失とてんびんに掛けて、本来救えるかもしれない人命を犠牲することが許容されるのか――。米国の政治家らは今、この問いに頭を悩ませている。

トランプ大統領は、いったん4月12日までに経済活動を再開すると宣言した。だが、今月29日になって撤回し、目標を4月30日に延ばした。

トランプ氏の顧問、スティーブン・ムーア氏はロイターに対し「ウイルス検査を終えれば経済を再開できる」と述べ、検査拡大が決め手だと強調する。韓国は人口比で米国をはるかに上回る件数の検査を行い、経済を停止させることなく感染者を減らすことができた。米国もここ数週間で検査能力を高めた。

ムーア氏はまた、1)米中西部州でも西海岸や東海岸の州と同様のペースで感染者が増えているのか、2)物流大手フェデックスが実践しているように「社会的距離」を保ちながら勤務を続けられる人をもっと増やせるか――を把握することも重要だとした。

<自宅待機を呼び掛け>

州や自治体の当局者は、それぞれ独自の算法を講じている。

全米の感染者の約半数が発生しているニューヨーク州のクオモ知事は「われわれは人命をドルに換算しない」と宣言し、あくまで新型コロナ対応を重視する姿勢を示した。

同州に比べ感染者数の少ない州の知事は、死者数と経済損失額の双方の抑制を両立させようと計画を練っている。

ミネソタ州のウォルツ知事は25日、州内で最終的に240万人が感染するとのモデルを示し、現段階で手を打たなければ、ベッドと人工呼吸器の数が足りないため、最悪のケースでは同州で7万4000人が死亡すると警告した。

知事自身、感染者と接触した可能性があるため自主隔離中だ。

ウォルツ氏は、ワクチンが開発されるまで1年以上も経済活動を停止させる余裕は同州にないと説明。2週間は厳格な「自宅待機」命令を課し、あと数週間はそれより緩い命令に切り替えて、病院が受け入れられる準備の時間を稼げるようにする計画を示した。疫学専門家の言う「カーブを平たん化する」戦略だ。

「あと数週間、出歩かないようお願いします」と知事は語りかけた。

州高官らによると、ミネソタ州民の28%は2週間、一時的に職からあぶれる見通しで、うち約40%は有給休暇がないため、これでも厳しい内容には変わりない。

ウォルツ氏は、事業と学校が再開した際には、検査と対象を絞った隔離によって新たな感染を抑制する意向を示している。

<量りにかけるのは間違い>

死者数と経済をてんびんに掛けるという考え方には、根本的な欠陥があると、多くのエコノミストが声を上げ始めている。

マサチューセッツ工科大学(MIT)の経済学者、エミル・バーナー氏は、科学的根拠を踏まえると「ある意味で間違ったトレードオフだ」と指摘する。

バーナー氏は前週、1918年に起こったスペイン風邪の世界的流行への対応に関する論文を共著で発表。それによると、なるべく早い段階で、なるべく長期間にわたって集会を制限した都市ほど死者が少なく、最終的に立ち直った時には経済が力強く成長した。

米連邦準備理事会(FRB)のイエレン前議長など、現職や元職の政策当局者とエコノミスト30人以上も今週、「この機において、人命を救うことと経済を救うことは相反にはならない」とする共同声明を出した。

保守系シンクタンク、ヘリテージ財団のディレクター、ポール・ウィンフリー氏も、拙速に制限措置を緩めると打撃を招きかねないと言う。

ただ、恐慌になるまで経済の悪化を放置すると、結局は健康にも悪影響が及ぶだろうと話した。

「ホワイトハウスは、新型コロナおよび制限緩和による長期的、短期的な健康問題への影響を分析し始めている。経済界からの聞き取りを進めており、ある程度の確実性を示してほしいとの声が届いている」という。

(Ann Saphir記者 Jeff Mason記者)

ロイター
Copyright (C) 2020 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:軽飛行機で中国軍艦のデータ収集、台湾企業

ワールド

トランプ氏、加・メキシコ首脳と貿易巡り会談 W杯抽

ワールド

プーチン氏と米特使の会談「真に友好的」=ロシア大統

ビジネス

ネットフリックス、ワーナー資産買収で合意 720億
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 2
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 3
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い国」はどこ?
  • 4
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 5
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 6
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 7
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 8
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 9
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 10
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 1
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 2
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 3
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 4
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 9
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中