ニュース速報

ワールド

アングル:石炭ブーム終焉で中国襲う地盤沈下、膨らむ経済負担

2016年08月17日(水)08時27分

 8月14日、約30年にわたる炭鉱ブームが終わり、炭鉱のあった市町村が沈下する危険があることから、中国当局はそのような場所に暮らす住民をコミュニティーごと避難させる必要に迫られている。写真は、炭鉱近くの地盤沈下する地域にある見捨てられた家屋。 山西省大同で1日撮影(2016年 ロイター/Jason Lee)

[HELIN(中国) 14日 ロイター] - 中国北部山西省にある炭鉱業中心地の奥深く、Helin村の住民たちは、崩れ落ちる地面に対し、勝ち目のない戦いを余儀なくされている。彼らには、ひびを直したり、壁を再び築いたり、長年の採炭活動でできた陥没穴を埋めたりすることしかできない。

同省孝義市の郊外に位置する、小高いこの村にある約100もの坑道は採掘し尽くされ、埋められたが、不安定で崩れやすい斜面には集落が群がっている。

地元当局は最も危険地域にいる何十万人もの住民の避難を開始しているが、Helin村の状況は深刻ながら優先度が高いとはいまだ見なされていない。

「まだ避難するよう言われてはいない。指示があれば、喜んで避難する」と、家族とワンルームの賃貸アパートに暮らすWang Junqiさんは話す。「ここは安全ではない。お金がある人はすでにこの地を離れた。恐ろしいが何もできない」

約30年にわたる炭鉱ブームが終わり、炭鉱のあった市町村が沈下する危険があることから、中国当局はそのような場所に暮らす住民をコミュニティーごと避難させる必要に迫られている。

山西省だけでも、来年末までに約65万5000人を移住させる計画だが、その費用は推定158億元(約2405億円)かかるとみられている。同省政府の試算によると、炭鉱による「環境経済的損失」は770億元に上るという。

<地質学的災害>

炭鉱によって誘発される地盤沈下は中国に限ったことではないが、同国の問題は他国のそれを小さく見せるほどだ。

Helin村からそう遠くない場所にある、見捨てられた村の共産党ビルに設置された掲示板は、その問題の規模を把握するためのヒントを示している。

そこには、23の村に広がる19カ所の地質学的な「災害激甚地」が掲示されており、地滑り55件、地割れ950件、炭鉱による地盤沈下808件が報告されていた。その全てはわずか13.25キロ平方メートル内で発生していた。

公式データによると、2014年末までに、炭鉱による地質学的災害はすでに2万6000件に上る。また、1万平方キロメートルに及ぶ土地が影響を受けており、これはアフリカのガンビアと同程度の大きさだとする一部試算もある。

中国の国土資源省は先月、全国各地にある炭鉱跡地の回復や採鉱廃棄物の処理に、向こう5年間で750億元を投じることを明らかにした。

中国の石炭ブームが終焉(しゅうえん)を迎えた後、同セクターは需要減と過剰債務、そして長期にわたる価格下落に直面している。それと同時に、環境的側面にかかる費用も増加している。

<恩恵から負担へ>

鉄鋼など中国の他の基幹産業と同様に、石炭部門では、需要の伸びが減速し、国がよりクリーンなエネルギーを促進するなかで、年間約20億トンもの過剰生産能力があると推定されている。

中国は今年だけでも、約1000カ所の炭鉱を閉鎖する計画で、その多くはHelin村のような住宅地にある。同国は2020年までに、エネルギー消費全体に占める石炭の割合を62%にまで削減する計画だ。

ブームのころは価格も収益も右肩上がりで、炭鉱会社はより深く掘ることを奨励され、採掘範囲も住宅地や農地にまで及んだ。

大きな国有炭鉱会社がしばしば村全体を他の場所に移住させる一方、目先の利益を追い求める小さな民間炭鉱会社は、地域社会の地下や周辺を掘り進めていった。炭鉱による税収は急増し、地方政府は業界に対する規制強化には消極的だった。

石炭業界は、孝義市で見られるような建設ラッシュに一役買っており、税収によって地方政府の財源を潤わせ、市内にはほとんど入居者のいない豪華マンション群が建ち並んでいる。

かつて地方政府にとって恩恵であったものが、今では負担となっている。孝義市政府によると、同市は地盤沈下に対処するため、すでに60億元以上の費用を投入。隣の呂梁市と共に、孝義市は2014─17年に約23万人を移住させる計画だという。

炭鉱会社は、住民移住や土地回復のための費用をほとんど出していない。当初の計画ではその予定だった。

炭鉱会社は炭鉱を閉める際に「沈下料」を払う必要がある。国有の炭鉱会社で唯一、四半期報告を提供した大同煤業<601001.SS>の場合は、1─3月期の間にそのような費用としてわずか140万元を支払っただけだった。これは全費用の0.04%にすぎない。

<太陽光発電で解決>

山東省のJiang Jian議員は、炭鉱会社がいくら支払うべきかを決めるため、中国当局は事細かな対策を練る必要があると指摘する。

同議員によれば、最も被害を受けた現場の多くは長い間放置されており、誰に責任があるかを特定するのも困難な状況であるため、中央政府は、炭鉱廃棄物の処理を含む回復費用に役立てるための基金を設立する必要があるという。

改善策として、中国は放置された炭鉱跡地を、風力・太陽光発電プロジェクトに変えるよう土地開発業者に奨励している。今年1─6月、同国で太陽光発電が占める割合はわずかに0.6%、風力発電は3.6%だった。

山西省大同市の郊外にある炭鉱跡地で農業には適さない場所に、太陽光発電の実証プロジェクトが完成した。

かつて炭鉱で栄えた同地域には1000以上の炭鉱が存在したが、石炭価格が暴落した後、採炭は停止され、地域経済は大きく落ち込んだ。

「われわれが来る前は、この土地はどのような植栽にも適さなかった。だが今では、少なくとも一部の土地では可能となった」と、当地に100メガワットの太陽光発電所を保有し運営する聯合光伏集団<0686.HK>のプロジェクトマネジャー、He Xin氏は語った。

(David Stanway記者 翻訳:伊藤典子 編集:下郡美紀)

ロイター
Copyright (C) 2016 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国企業、28年までに宇宙旅行ビジネス始動へ

ワールド

焦点:笛吹けど踊らぬ中国の住宅開発融資、不動産不況

ワールド

中国人民銀、住宅ローン金利と頭金比率の引き下げを発

ワールド

米の低炭素エネルギー投資1兆ドル減、トランプ氏勝利
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 7

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    日鉄のUSスチール買収、米が承認の可能性「ゼロ」─…

  • 10

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中