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日銀マイナス金利に市場は大混乱、政策の「わかりやすさ」失う

2016年01月30日(土)00時02分

 1月29日、日銀のマイナス金利導入で、市場は大きく混乱した。金利低下で円安促進効果が期待される一方、金融機関の収益圧迫が懸念され、日本株は乱高下。金利のマイナス幅を拡大することで追加的な金融緩和はやりやすくなったが、量的・質的金融緩和策の限界説も強まった。写真は黒田日銀総裁、29日撮影(2016年 ロイター/Yuya Shino)

[東京 29日 ロイター] - 日銀のマイナス金利導入で、市場は大きく混乱した。金利低下による円安促進効果が期待される一方、金融機関の収益圧迫が懸念され、日本株は乱高下。金利のマイナス幅を拡大することで追加的な金融緩和はやりやすくなったが、量的・質的金融緩和策(QQE)の限界説も強まった。

政策のわかりやすさがなくなり、従来のような円安・株高効果を期待するのは難しいのではないかとの声も出ている。

<キーワード、「2」「3」から「マイナス」に>  

黒田日銀が再び市場の意表を突いた。QQEの限界説がささやかれるなかで、マイナス金利の導入を決定。円安効果などが期待できるとの見方が広がったものの、日本の金融機関の負担が大きくなると慎重な見方もきっ抗した。

2013年4月4日に決定された通称「バズーカ1」は「2」がキーワードだった。2年程度で物価上昇率を2%に引き上げることを目標に、マネタリーベースを年間60─70兆円増額させることを決定。長期国債買い入れの平均残存期間を2倍以上に延長した。ETFやJ─REITの保有額を2年で2倍にするとした。

「バズーカ2」(14年10月31日に決定)のキーワードは「3」にグレードアップ。マネタリーベースの年間増額幅を80兆円に拡大。長期国債の保有残高を30兆円追加し80兆円に拡大。ETFの保有残高を3兆円、J─REITも900億円とそれまでの3倍に拡大した。長期国債買い入れの平均残存期間も最大3年程度延長した。

わかりやすい政策として市場は好感。海外勢を中心に円売り・株買いが強まり、「バズーカ1」は日経平均を約1カ月で3867円、ドル/円を11円押し上げた。「バズーカ2」も日経平均は1カ月強で2372円、ドル/円は12円上昇させた。

しかし、今回のマイナス金利政策に対し、多くの市場関係者は「難解」と口をそろえる。その結果、市場は新パッケージの理解に手間取った。日銀の決定を受け、日経平均<.N225>は600円近く上昇した後、約270円安まで下落する場面もあった(終値は450円高)。ドル/円も121円半ばまで上昇した後、一時120円を割り込むなど乱高下している。

市場では「これまで緩和策を打ち出してきた際のようには、一方的に円安に進むシナリオは描きにくい」(ニッセイ基礎研究所・シニアエコノミストの上野剛志氏)との声が多い。

<評価しにくい銀行株への影響>

マイナス金利政策自体は、欧州中央銀行(ECB)がすでに導入している。しかし、お金を預けると金利(利息)が取られるというマイナス金利自体が理解しにくい制度だ。

金利を押し下げることで、預金口座に積み上がっているマネーを、設備投資や株式などリスク性資産にシフトさせるいうポートフォリオ・リバランスを促すのが1つの目的だ。ただ、すでに長期金利が0.2%水準まで低下していた中で、限界的な金利低下が実体経済にどれほどの効果があるか、予想は容易ではない。

さらに多くの市場関係者が首をひねったのは、日銀当座預金に適用される金利に、スイスのような階層方式を採用したことだ。

金融機関が日銀にお金を預ける当座預金を3つに分割。これまですでに預けた預金にはプラス0.1%と従来通りの金利を適用。経済成長などマクロ的に増加する分にはゼロ%、そして今後新たに積み増す部分にマイナス0.1%の金利を適用する。

日銀は、今回、マネタリーベースを年間80兆円増額するという「量」の面のQQE政策も継続する。金融機関が今後、お金を預ければ、その間、年間マイナス0.1%の金利を日銀に支払うことになるため、金融機関が国債を日銀に売って当座預金(マネタリーベースの大きな要素)にお金を積むインセンティブは低下する。

日銀が金融機関から国債を買う際に、年間マイナス0.1%の金利デメリットを上回る(損をしない)ような高い価格を付けて買えば、国債売却で受け取ったお金が日銀に預けている間のマイナス分を上回り、利益を得ることができる。

このため、国内銀行が日銀当座預金へお金を預けることで、ただちに損失が生じるということではないようだ。ただ、金利の低下は銀行の利ザヤを縮小させることになるため、金融機関の収益を圧迫する可能性も大きい。銀行株の評価が難しいことが市場が混乱した一因となった。

<「3次元緩和」、限界論を払拭できるか>

市場では、日銀による国債購入の限界が懸念要因として浮上していた。「日銀だけではないが、金融緩和の限界懸念が年初からの株安・円高の一因」(外資系証券エコノミスト)という。

来年度も国債保有の年間増加ペース80兆円を維持するには、償還分の乗り換えも含めると約120兆円の買い入れが必要になる。来年度のカレンダーベースの国債発行額(短期国債除く)は122兆円程度。銀行など金融機関が国債を売却しなければ、達成に余裕はなくなる。

三井住友銀行チーフ・エコノミストの西岡純子氏によると、銀行や生保など国内の金融機関が、保有する長期国債は約500兆円。そのうち担保用などで250兆円は「売れない」国債だという。「すぐに限界が来るというわけではないが、満期保有分の国債などは基本的に売れないから、250兆円よりも売れる国債は少なくなる」と話す。

今回、日銀は「3次元緩和」と言えるような「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」を導入。「量」以外に金利を引き下げるという追加緩和ツールを手に入れた。しかし、金利のマイナス幅をさらに大きくして、当座預金(マネタリーベース)を積もうとすると、さらに高い価格で国債を買わなければならなくなる。そのマイナス分は最終的には国民の負担になる。

一向に物価や賃金の上昇が高まらない中で、黒田日銀の金融緩和は一段と長期化かつ深化している。物価2%の達成目標時期は2017年度前半へとさらに後ずれした。市場の「いずれ限界が近づく」(シティグループ証券・チーフエコノミストの村嶋帰一氏)との見方を払拭するのは容易ではない。

*一部表記を修正しました。

(伊賀大記 編集:田巻一彦)

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