ニュース速報

焦点:「命が発展の代償」、中国成長支えた出稼ぎ労働者の慟哭

2018年12月23日(日)08時37分

Sue-Lin Wong

[深セン(中国) 14日 ロイター] - 2000年前後の4年間、中国深センで解体作業員として働いていたWang Zhaohongさんは、かつて国境沿いの寒村だったこの街を、活気あふれる大都市に変貌させる手助けをした。

現在、寝たきりでやせ細った50歳のWangさんは、苦しい息の下から、結局あの仕事が自分の命を奪うことになる、と語る。

湖南省にある辺境の県からやってきたWangさんや仲間の作業員たちは、深センの開発ブームの中で、適切な安全装備もないまま、大量の粉じんを吸い込んだせいで、「珪肺(けいはい)」と呼ばれる肺疾患を発症した。

Wangさんの症状は重い。彼は、次の旧正月は迎えられないのではないかと予感している。

中国は今月、世界第2位の経済大国への発展をもたらした経済政策「改革開放」の開始から40周年を迎える。

数億もの国民が貧困から脱出する一方で、Wangさんのような人々は中国の発展がもたらした大きな人的被害を思い起こさせるが、当局は情報を統制し抗議行動を押さえ込もうとしている。

じん肺、つまり珪肺など粉じんに由来する肺疾患に苦しむ労働者を支援する北京の非政府団体「大愛清塵」の推定によれば、この症状に苦しむ患者とすでに死亡した人の合計は約600万人に達している。

Wangさんなど、湖南省3県からの出稼ぎ労働者数百人は、深セン市に対して補償を求めて抗議している。

「同じマスクを10日間使ってからでなければ、新しいものが支給されなかった」と、桑植県にある生まれ故郷の貧しい村でWangさんは語った。「当時の上司は私たちに、『毎日新しいマスクを使っていたら、どうやって稼ぐんだ』とよく言っていた」

解体作業員の当時の報酬は月5000─6000元(約8万2000─9万8000円)で、他の出稼ぎ労働者が稼ぐ2倍から3倍に達していた。

署名された契約書などはほとんど存在しないため、十分な補償を受けることはほぼ不可能だ。深セン市政府は一部の労働者に対し、症状の重さに応じて、最大22万元の支払いを提示しているが、到底十分とは言えない、と労働者側を代表するGu Fuxiangさんは語る。

すでに10年近くに及ぶ闘争の先行きは暗い。11月初旬には深セン市役所で座り込みが行われたが、治安部隊による暴行を受けたと、参加した5人の労働者は語った。

「ここの地方自治体にとっても深セン市政府にとっても、治安維持が絶対の最優先課題になっている」と自分も軽度の珪肺に苦しむGuさんは語る。「発展の代償はわれわれの命だった。われわれが病気になっても、死んだとしても、政府は気にかけない」

深セン市政府に取材を申し入れると、広報担当者からは警察・社会保障・保健・経済改革の各部門を紹介された。保健部門にコメントを求めたところ、電話を切られてしまい、経済改革部門もコメントを拒んだ。警察・社会保障部門には何度も電話をかけたが応答がなかった。

<深センの成長>

労働者の健康被害は中国に限った話ではない。米国の支援団体も、こうした「粉じん由来の疾病」で亡くなる労働者に対する補償を求めて、数十年にわたる闘いを繰り広げている。

とはいえ、中国の建設ブームはあまりにもペースが速く、わずか40年間で、前例ないほど多数の犠牲者を生み出してきた。

深センほど急速に成長した都市は過去にない。同市の経済生産は昨年初めて、近隣の香港を追い越した。

深センでは、32路線で構成される世界最大の地下鉄網が2030年までに整備される予定だと国営英字紙チャイナ・デイリーは報じている。

深センを北京や香港と結ぶ北部の鉄道駅から世界第4位の高さを誇る高層ビル「平安国際金融中心」に至る、市内にある多くの有名建築の大半は、他省から流入した出稼ぎ労働者によって整備された。

巨大都市の成功の裏で、労働者たちは、医療費や子どもの教育費などを支払うために、もっぱら高利の銀行融資や親族・友人からの借金に頼らざるを得ない状況だ。

Wangさんは通院費を払うために地方の金融協同組合から5万元借りた。融資契約によれば、金利は4半期ごとに11.27%だ。

「子どもたちが連帯保証人なので、銀行もまだ金を貸してくれる。息子は、私が死んだら銀行への返済を肩代わりすることに同意した」。ベッド脇の炭火で自家製のサツマイモを炙りながら、Wangさんはそう語った。

珪肺と診断された2009年に、深セン市当局は13万元を支給したが、それでは十分ではなかったと彼は言う。

「中国では、問題は金が足りないことではない」と香港大学で社会学を研究するPun Ngai教授は言う。「深セン市には巨額の社会保険基金がある。問題はイデオロギーだ」

「深セン市政府は、こうした労働者は深セン市の住民ではなく、従って自分たちの責任ではないと考えている」と同教授は指摘。「市政府は、もしこの労働者たちの要求を受け入れれば、他省から他の人々が補償を求めてやってくると懸念している」

深セン市の公式人口は1250万人で、社会保障基金の総額は2017年末時点で5400億元以上に達している。

<安定の維持>

労働者たちは、中央政府から厳しい非難を浴びており、彼らが何か言うと脅しをかけてくる、とロイターに語った。

中国当局は11月中旬、すべてのウェブサイトを対象に、珪肺に苦しむ湖南省の労働者に関する報道や公表を禁じた、と同国の検閲を調査しているチャイナ・デジタル・タイムスは指摘する。

著名な国営新聞社やテレビ局は2009年に彼らの苦境を報じたが、今年はこの問題について沈黙を守っている。

こうした検閲は、中国で過去5年間強化されてきた政治的な締め付けと整合するものであり、その背景には、中国南部に始まり全国に広がった学生・労働者による抗議行動に対する弾圧がある。

今年8月には約50人の学生や活動家が全国から深センに終結して、 溶接機器メーカー深セン佳士科技公司(JASIC)の工場における劣悪な条件に対して、工場労働者とともに抗議を行った。

「珪肺に苦しむ労働者の問題は、今年きわめてセンシティブなものになった。政府がJASICの事件と結び付けられることを恐れているからだ」とPun教授は語る。

労働者たちは今年11回、深センを訪れたが、まだ十分な補償は得られていないという。前出のGuさんによれば、労働者らはその症状に応じて、50万元─110万元の補償を求めている。

ロイターの記者が桑植県に到着して12時間も経たないうちに、地元警察は労働者に電話をかけ始め、地元の警察署に報告して、誰に会ったか確認するよう命じた。桑植県の警察はコメントを拒否している。

「当局は私たちを脅す方法を知り尽くしている。今のところ、恐がって外国のメディアとはいっさい関わろうとしない労働者は大勢いる」。Guさんはそう語り、市政府の当局者から、彼の電話とソーシャルメディアアカウントは監視されていると言われた、と付け加えた。

しかし、それより心配していることは、家族に残してしまいそうな巨額の借金だと彼は言い、自身の身の上を語ることに意味があるだろうかという疑問を繰り返し口にした。

「わが国は過去40年間で非常に急速に前進した。農家が必ずしも農家を続けなくても済むようになった。それは本当に素晴らしいことだ」。Wangさんは鼻腔に挿入したチューブで呼吸しつつ、物憂げに語った。隣家に面した小さな窓には、彼の肺のX線画像が掲げられていた。

「ベッドから起き上がれればと思う。出かけて、外の様子を知りたい」と彼は言う。「でも、私の命はそう長くないだろう」

(翻訳:エァクレーレン)

ロイター
Copyright (C) 2018 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米シティがコインベースと提携へ、法人顧客向けデジタ

ビジネス

メタプラネット、発行済株式の13.13%・750億

ビジネス

世界のM&A、1─9月は前年比10%増 関税など逆

ビジネス

インフレ基調指標、9月はまちまち 2%台は引き続き
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大ショック...ネットでは「ラッキーでは?」の声
  • 3
    「平均47秒」ヒトの集中力は過去20年で半減以下になっていた...「脳が壊れた」説に専門家の見解は?
  • 4
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 5
    「信じられない...」レストランで泣いている女性の元…
  • 6
    楽器演奏が「脳の健康」を保つ...高齢期の記憶力維持…
  • 7
    中国のレアアース輸出規制の発動控え、大慌てになっ…
  • 8
    「死んだゴキブリの上に...」新居に引っ越してきた住…
  • 9
    「宇宙人の乗り物」が太陽系内に...? Xデーは10月2…
  • 10
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 4
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 10
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 9
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中