コラム

野放図になるプライバシー侵害にユーザーは無力

2010年12月22日(水)13時33分

 インターネット上のプライバシー保護をめぐる動きが活発化している。オバマ政権は10月末、インターネット・プライバシーに関する連邦委員会を設置したが、12月に入ってFTC(連邦通信委員会)と商務省が相次いでインターネット・プライバシーを保護するための提案を明らかにした。

 インターネット・プライバシーの侵害は、野放図なまでにひどくなってきている。われわれユーザーがどこかのサイトを利用すると、何十ものデータが収集される。何をクリックしたとか、どの製品を買ったかなどがすぐわかる。最近では、入力ボックスにどんな文字を入れたのかまで、すっかりお見通しだ。人気のあるサイトでは、そのデータの種類はざっと100にも上るという。

 あるサイト上のユーザーの行動データは、そのユーザーのプロファイルに加えられていく。しかも、ユーザー行動を見ているのはサイト運営者だけではない。第三者、つまりユーザー行動のトラッキングを専門にする会社もある。彼らは複数の異なるサイトにアクセスして得たデータを、データ統合会社に売ったりしている。その結果、いろいろなサイト上での無数の行動が統合されて、もっと大きなユーザー・プロファイルが作られていく。

 ひとつのサイトには、たいてい複数のトラッキング会社がアクセスしており、彼らは独自の技術で集めた独自のデータを集め、売買しているので、自分に関するプロファイルはいろいろなところに散在しているはずだ。それがさらに広告配信やマーケティング会社に売られているのである。

 こうして集められたデータはこれまで単にIPアドレスを特定しているだけで、ユーザーの個人名まではわからないとされていた。だが、もはやそんなノンキな説明に納得していてはすまされない状況になっている。その理由はいくつもある。

■「あなたはSNSの客じゃない、商品だ」

 まずは、フェイスブックなどのソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の利用だ。考えてみると、SNSのサイトでユーザーが提供しているデータにはすごいものがある。実名や学校名、会社名などは序の口。家族関係、交友関係、どこへ行った、何を買ったといったようなデータは、トラッキング会社が苦労して集めるまでもなくユーザー自ら延々と吐露してくれるのである。

 またSNSでは自分で書き込む情報だけでなく、自分に関して友人や他人が書き込む情報も多い。これもトラッキング会社にとっては、かなり価値の高いものだ。ユーザー自身がコントロールできないままに、自分の情報がどんどん流れていくのである。

 インターネット・セキュリティーの専門家として知られるブルース・シュナイヤーは「ソーシャルネットワークのユーザーは、自分が客だと思っているのならば大間違い。あなたは単なる商品に過ぎない」と語っている。SNSで活発に書き込むほどデータが増えて、あなたの商品価値は高くなるということだろう。

 これに加えて、自分の現在地を知らせるスマートフォンの働きもある。GPS機能で、ユーザーがどこにいるのかがリアルタイムでわかるのだ。どの辺りにお務めで、週末はどこで過ごし、どの店で何分間過ごしたという情報などは簡単にわかるだろうし、技術的には誰と一緒にいたかということまで確定できるはずだ。

 たとえあるサイトがそれなりのプライバシー保護をうたっていても、もはやわれわれは自分のプライバシーを守るには無力に近いということを知るべきだろう。現在のコンピューティング技術をもってすれば、オンライン、オフライン、リアルタイムのさまざまな情報を並べて、その人のバックグラウンドと行動をかなり綿密に把握することが可能になっているからである。

■政府による規制も両刃の剣

 FTCの案は「Do-Not-Track」技術をユーザーが利用できるようにするというもの。これは、ダウンロードしてブラウザに埋め込める技術で、そのブラウザでアクセスしたサイト側に「私のユーザー行動はトラックするな」という指令が届く。現在もブラウザ上のクッキーを無効にするという手があったが、これは抜け道が多い。Do-Not-Trackはそうした技術を上回るもので、FTC案が議会で認められれば法的措置力を持つということだ。

 商務省の提案は、インターネット・ユーザーのための「プライバシー憲章」という別名もついている。サイトや広告業界などがユーザーのプライバシーを護るための共通の枠組みを設定したもの。こちらの方は、プライバシー保護が業界の「イノベーションを阻むことなく」行われるような規範の策定を目指すという、より業界寄りのものだ。

 いずれの場合も、賛成者と反対者が対立するはずである。広告のおかげで、さまざまな情報を無料で手にしているユーザーにも影響がある。

 ただひとつ言えるのは、さまざまな法案が出されているとは言え、技術の世界は基本的にはイタチごっこなので、インターネットの便利さも、もはやユーザー側の賢明な判断力なしには享受できないものになっているということだ。各サイトのプライバシー保護規定を読んだり、ブラウザのプライバシー設定を確認したり、新しい技術を学習したりと、ユーザーにとっては宿題が増えた。自分のプライバシー管理はもう他人任せにできるものではなくなったのだ。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

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