コラム

前途多難なマーリキー続投

2010年11月18日(木)16時48分

 今月11日、イラクでマーリキー首相の続投が決まった。三月に総選挙の実施から、八ヶ月の政権不在状態。これはギネスものである。新政権不在の間はマーリキー政権が続いていたわけで、だったら続投でも仕方ないかとのムードを背景に、マーリキーが粘り勝ちした。

 選挙結果が明らかになったときから、首班指名がもめるだろうことは、予想がついた。上位二党がわずか二議席差で、全議席の30割をやや切る程度。続く第三党は議席の四分の一で、クルド政党が六分の一を占める。過半数を確保するための連立パターンがありすぎて、決め手を欠くまま調整が難航した。

 ここで浮き彫りになったのは、イラク内政に対する影響が意外にも大きくない、ということである。米政権は、最初から第一党たるイラキーヤの党首、アッラーウィを推していた。だが8月には、第二党のマーリキーでも可とする姿勢に変わっていた。

 一方、イランはどうか。2005年の総選挙以来、イラク政界がシーア派系政党主導で進められてきたことで、イランの影響を指摘する声が強い。今回も、反マーリキー最右翼だったサドル派勢力が同意したのには、イランの説得があったからと言われている。

 しかし、同じシーア派でもマーリキーと彼が率いるダアワ党は、もともとイランとの関係は弱い。むしろ第三党のイラク国民同盟を組織するイラク・イスラーム最高評議会のほうが、長いイラン亡命経験を持つ親イラン派が多い。イランがイラク政界に圧力をかける力を持つなら、マーリキーよりもっと利用しやすい政治家を推していただろう。結局、各勢力間を調整できる決め手となるアクターが、国内にも国外にもいない。

 ところで、国政が空転したからといって、人々の日々の生活は続く。政権不在への文句はあちこちで聞かれるが、それでも行政もビジネスもそれなりに進めなければならない。興味深いのは、そんな状況下でそれぞれの県、地域が独自の政策を着々と進めていることだ。中央不在のなか、地方が自立性を強めている。ナジャフやバスラなどの南部地域ではアルコール販売を禁止する法が施行され、旧政権関係者へのパージを積極的に推進している県もある。

 マーリキー政権はこれまで、中央集権、イラクの分断阻止を強調して有権者の支持を確保してきた。地方分権志向の強いイラク・イスラーム最高評議会と袂を分かって総選挙を戦ったのも、中央集権を望む世論動向を反映しての政策だった。しかし政権不在の間、イラク全体を束ねるシステムや制度は確立されず、結果的に地方分権が進行している。続投を決めたはいいが、空白の八ヶ月の間に、マーリキーのこれまでの方針と矛盾するような環境が作られてしまった。

 五年前、「民主的な選挙実施」に熱狂したイラクは、早くも政治の空洞化に悩まされている。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米主要産油3州、第4四半期の石油・ガス生産量は横ば

ビジネス

今回会合での日銀利上げの可能性、高いと考えている=

ワールド

米首都近郊で起きた1月の空中衝突事故、連邦政府が責

ワールド

南アCPI、11月は前年比+3.5%に鈍化 来年の
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 5
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story