コラム

アフガニスタン学生の憂鬱

2009年09月14日(月)15時12分

 東京外国語大学には、たくさんの留学生が在学している。私の担当する専攻には、アフガニスタン人学生が2人いるのだが、夏休みの間、アフガニスタンに帰省するという。大統領選挙もあるし、ちょうど良い。現地の様子を教えてね、と送り出した。

 その2人が揃ってメールで近況報告してきたのは、「アフガニスタンは今、最大の危機を迎えている」。

 8月20日に行われた大統領選挙では、カルザイ大統領とアブドゥッラー元外相が一騎打ちとなり、3週間を経た今でもまだすべての開票が終わっていない。その間、国内では数々のテロ、軍事攻撃が行われ、治安は急激に悪化した。アフガニスタン駐留の米軍兵士の死者は8月中45人と、2001年のアフガニスタン攻撃以来最悪となった。今年は外国軍兵士の死者がうなぎのぼりで、すでに200人の死者を出しているが、これは去年1年の155人を大きく越えている。アフガニスタン攻撃が終わった翌年の2002年と比べれば、4倍だ。

 アフガニスタン人民間人の被害もあとを絶たず、各地で頻発するターリバーンの攻撃で、選挙の際も「外に出ない」と棄権した有権者も少なくない。投票を済ませた者は、指にインクで投票済みの印をつけるのだが、指に色がついているのをターリバーンに見つかると攻撃されるので、さっさと拭き落とした、と、先の学生は言う。

 現地住民が冷や冷やするのはターリバーンに対してだけではない。9月4日にNATO軍が行った空爆で、住民90人以上が巻き添えで命を落とした。政府側に拘束されることもある。

 だが、学生が伝えてきた「危機感」は、単に治安の問題だけではない。「ちょっとした政治運営ミスが、取り返しのつかない内戦を引き起こすのではないか」と、彼は言う。

 彼の「直感」は、開票の難航にもつながった大統領選挙不正事件の顛末によく現れている。どの政治家も、経済も内政も有効策を打ち出せないのに、票を稼ぐことにだけ汲々として、国民を向いていない。そうこうするうちにターリバーンは完全復活している。そんなことでいいのか、という不信感が、内戦を危惧する学生の「直感」の底流にある。

「ちょっとした政治運営のミス」といえば、民間人を空爆した外国軍もそうである。事態が悪化したら軍事行動で、というのが、前ブッシュ政権のやり方だった。微妙な政治的匙加減が必要なところで、大規模な軍事行動を行って、かえって事態を悪化させる、というパターンは、イラクで証明済みである。

 8年前、米国で同時多発テロ事件が発生した直後、アルカーイダのいるアフガニスタンに戦争を、と逸るブッシュ政権に対して、識者の多くは、「9-11は軍が出るような事件ではなく、警察の扱う問題だ」、と主張した。以降、微妙な匙加減を捨てて、大雑把な「ガツンと行く」やり方が続いている。

 そこを見直すことが、立派な「他の貢献策」になると思うのだが。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

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