コラム

イラン 革命から30年後の流血

2009年06月24日(水)12時08分

 これは、「天安門事件」の20年後の姿だろうか。場所をイランに変えて。

 6月12日に実施されたイラン大統領選挙は、アフマディネジャード大統領の勝利と発表された。これに対して各地で抗議デモが相次ぎ、当局側との衝突で死者が続出している。

 選挙前から、改革派のムーサヴィ元首相と保守派のアフマディネジャードの一騎打ちは、アフマディネジャードの勝利が予想されていた。もともと改革派には圧力が加えられているし、なにより最高指導者のハーメネイ師がアフマディネジャードを支援していることは明らかだったからだ。イラン・イスラーム体制の下では、故ホメイニー師のあとを継ぐ最高指導者の権威は絶対である。それに90年代、改革派のハータミー大統領の治世下で経済的にも外交的にもあまり成果を挙げられなかったことで、一旦挫折感を味わっている。

 だとしても、アフマディネジャードがこんなに圧勝となるものか。「これ以上アフマディネジャードの治世が続くのはイヤだ」という国民の不満が、不正選挙への批判を生み出した。

 今回の騒擾で深刻なのは、体制内の保守派対改革派という対立を超えて、体制の性格自体を大きく変える事態に進んでいることだ。KYで奇矯ともいえるアフマディネジャードには、改革派でなくとも反発が強い。だが保守派の中核ハーメネイにとって彼は、とりあえず反米保守路線として利用価値がある。ここに革命第一世代のハーメネイと若手アフマディネジャードのコンビが結束する構造ができあがった。

 これまでのイランの政権は、まがりなりにもイラン革命の立役者たる宗教指導者たちが集団的に担ってきたものだ。宗教指導者という範囲の限りではあっても、そのなかには保守派だけでなく現実派や改革派もあって、多元性が保たれてきた。欧米の認識に反して、イラン議会は実はけっこう民主的だったのだ。

 だが、アフマディネジャードが最高指導者をバックに突出した権力を握ることで、その多元性は失われつつある。改革派はもちろん、金権支配の現実派で長年ハーメネイと権力を二分してきたラフサンジャーニにも、改革派の一端として圧力がかかっている。

 体制内に担ぎ出せる政治家がいれば、不協和音は政治的駆け引きで処理できる。だが、体制内がハーメネイ・アフマディネジャド路線で一本化され、改革派だけでなく保守派以外の政治家が体制内から放り出されれば、民衆の不満は体制内に代弁者を失い、暴走するしかない。暴走は激しい弾圧、流血の惨事を呼ぶ。

 イラン革命のカリスマ的指導者だったホメイニー師は、20年前の天安門事件の前日に、この世を去った。「うちの父は厳格なホメイニー師を唯一笑わせることができる政治家だったのよ」、とは、改革派支持者として今回逮捕の憂き目にあった、ラフサンジャーニ元大統領の娘の言だ。革命から30年後のこの事態を見て、ホメイニー師は草葉の陰でどう思っているだろう。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

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