コラム

となり町「戦争」inオークランド

2009年04月20日(月)15時46分

「あの時のお巡りさんだよ!」

 娘がテレビを指差して言った。ローカル・ニュースで、筆者の住むバークレーの隣町、オークランドで起こった銃撃事件を報じていた。

 3月21日午後1時頃、オークランドのマッカーサー通りと74番街の交差点で、一台のビュイックを二人の白バイ警官が止めた。よくあるちょっとした交通違反だった。しかし運転手が出した免許を警官が無線で照会すると、偽造だと判明した。次の瞬間、運転手は拳銃で警官を撃った。倒れた二人に運転手は近づき、銃を頭に突きつけてとどめを刺した。

 オークランドは全米でも4番目に殺人事件の多い街で、毎年100人以上が殺される。この事件の現場となった東端のイースト・オークランドと、反対側のウェスト・オークランドは黒人とメキシコ系の貧困層が住むスラムで、麻薬の売人や売春婦がうろつき、十代のストリートギャングが縄張り争いをして撃ち合っている。

 筆者もウェスト・オークランドに2年前まで住んでいた。家が安かったので調べないで買ってしまってから後悔した。妻が会社の帰りにBART(地下鉄)の駅前でバッグをひったくられた。犯人は背後から近づいて、いきなり妻に飛び掛って顔面から路面に叩きつけた。電話を受けてすぐに娘と一緒に現場に飛んでいくと、パトカーの傍に立つ妻は前歯を二本折られて顔も服も血まみれだった。その有様を見て娘が火のついたように泣き出した。

 犯人はすぐに捕まった。やせっぽちで、まだ背も伸びきってない黒人の中学生二人組みだった。

 そして、うちの一家はオークランドから一刻も早く引っ越すことに決めた。

 白バイ警官2人が撃たれた後、オークランドだけでなく、イーストベイじゅうの警官が出動し、犯人を捜した。犯人は現場に自動車を乗り捨てて、徒歩で逃走した。住民の一人が犯人を知っていて、現場の1ブロック先に犯人の妹のアパートがあると警察に話した。そこに逃げ込んだに違いない。

 SWAT(特殊機動部隊)が急行した。彼らは専従ではなく、普段は一般の警察官として働きながら、室内への突入や銃撃戦、狙撃の訓練を受けている。犯人はすでに警官を殺しているから、必ず撃ってくるだろう。SWATは防弾ベストを着て、ヘルメットをつけて、そのアパートに突入、ドアを破って、閃光手榴弾を投げ込んだ。

 凄まじい光が炸裂した。目を開けていたら何も見えなくなってしまう。

 SWATはベッドルームに入った。誰もいない。が、銃声が鳴り響き、SWATが二人倒れた。クローゼットに隠れていた犯人が扉越しに撃ってきたのだ。残るSWATたちがクローゼットに一斉に弾丸を浴びせた。犯人は撃たれながら撃ち返し、またSWATが一人倒れた。犯人はやっと動かなくなった。

 撃たれたSWATは2人即死で1人は重傷だった。弾丸が防弾ベストを貫通したのだ。犯人は旧ソ連製のSKSライフルを撃ってきた。防弾ベストは拳銃弾しか防げないのだ。

 犯人はラベル・ミクソン(26歳)。現場の近所に住む黒人だった。オークランドの黒人民族主義団体ウフルー・ムーブメントはミクソンを支持し「彼は黒人に対する白人警官の横暴に抵抗した」とコメントした。黒人向け新聞「ナショナル・ブラック・ニューズペーパー」は警官4人を殺したことを「人民の勝利だ」と讃えた。元旦の事件以来、黒人たちの間で警官への憎しみが高まっていたからだ。

 元旦明けの深夜2時、新年会で酔っ払った黒人青年たちがBARTの駅のホームに座り込んでいると、警官たちがやって来た。警官は彼らを床に腹ばいにさせたうえで、そのうちの1人、オスカー・グラントの背中を拳銃で撃ちぬいた。グラントは何も武器は持っていなかった。彼には4歳の娘がいた。撃った警官は白人で、テーザー(電気ショック銃)と拳銃を間違えたと言い訳したが、「黒人だから撃ったんだ」とオークランドの黒人たちは怒り狂った。

 しかし、ミクソンはグラントのような無実の若者ではなかった。13歳から暴行事件で逮捕され、20歳で強盗罪で懲役刑をくらい、現在は売春婦の元締めをしていた。しかも、ミクソンの家の周辺で数ヶ月前から5件のレイプ事件が起こっていた。12歳前後の被害者たちは、道を歩いている時、後ろからいきなり拳銃を突きつられ、そのまま路地に引きずり込まれてレイプされたのだ。犯人の残した体液とミクソンのDNAが一致し、警察は彼を探し始めていた。もし逮捕されたら終身刑が待っている。だからミクソンは警官を撃ったのだ。人種は関係ない。

 それに殺された警官4人のうち2人のSWAT隊員は日系人だった。先頭に立って撃たれたリーダー、アービン・ローマンズ(43歳)と、ダニエル・サカイ(35歳)。そのローマンズ巡査部長こそ、強盗に襲われた妻を保護してくれた警官だった。あのとき、「わたしも母が日本人で、和食で育ちました」と言っていたから覚えていたのだ。

 アメリカ全土で犯罪者が警官に射殺され、また警官が犯罪者に射殺されている。犯罪者の多くは黒人やメキシコ人などのマイノリティだ。「これは人種戦争だ」とロドニー・キング事件のときのような暴動を煽る黒人グループもある。

 だが、4人の警官の葬儀に集まった2万人には黒人やメキシコ系の住民も多かった。エドワード・トレイシー警部補は弔辞のなかで、事件を警察に通報し、捜査に協力した目撃者たちに感謝を述べた。彼らは全員、黒人だった。「なかでも、撃たれた警官に緊急救命措置をしてくれた男性に感謝の気持ちを伝えたい」

 白バイ警官が撃たれた現場にたまたま居合わせたその男性は、瀕死の警官の動脈を指で押さえて軍隊で習ったCPR(緊急蘇生)を施した。全身血みどろになって。警官は白人で、彼は黒人だった。

プロフィール

町山智浩

カリフォルニア州バークレー在住。コラムニスト・映画評論家。1962年東京生まれ。主な著書に『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』(文芸春秋)など。TBSラジオ『キラ☆キラ』(毎週金曜午後3時)、TOKYO MXテレビ『松嶋×町山 未公開映画を観るテレビ』(毎週日曜午後11時)に出演中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米耐久財コア受注、3月は0.2%増 第1四半期の設

ワールド

ロシア経済、悲観シナリオでは失速・ルーブル急落も=

ビジネス

ボーイング、7四半期ぶり減収 737事故の影響重し

ワールド

バイデン氏、ウクライナ支援法案に署名 数時間以内に
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 2

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 3

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」の理由...関係者も見落とした「冷徹な市場のルール」

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 6

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 7

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    コロナ禍と東京五輪を挟んだ6年ぶりの訪問で、「新し…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 10

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story