コラム

警察官の資質とは何か

2010年04月13日(火)15時14分

 本誌は時々、驚くべき世界の事実を教えてくれます。アメリカは、アフガニスタンの治安回復のために地元の警察の再建に取り組んでいるはずだと思っていたのに、実はアフガニスタンの警察官の養成プログラムがまったく機能していなかったとは。日本版4月14日号は、こんな実情をリポートしています。

 アフガニスタンでの警察官の志願者は、車の運転ができないばかりでなく、歯磨きの仕方を知らず、9割は読み書きができない。警察学校のトイレでは、生徒たちがトイレットペーパーの代わりに小石を使うため、浄化槽が詰まってしまった...。

 今年3月、アフガニスタン問題に関するブリーフィングがホワイトハウスで開かれ、オバマ大統領は、アフガニスタンの警察官に対する訓練が8年間も行なわれず、制服だけが支給されてきたことを知る...。

 ブッシュ政権の時代、アメリカ政府がいかに機能不全に陥っていたかが、これでわかります。アメリカ政府による警察官養成プログラムは存在せず、民間の請負会社に丸投げしてきたのです。

 イラク戦争では、ラムズフェルド国防長官の指揮の下、戦争の民営化が進められてきたことは、それなりに知られていましたが、同じことがアフガニスタンでも実施されてきたのですね。

 アフガニスタンの警察官の養成業務を請け負ったアメリカの民間会社のスタッフは、適切な指示を受けることなく、組織だった訓練プログラムは存在しませんでした。アフガニスタンの9万8000人の警察官は、いまだに正式な訓練を受けていないというのですから、驚きを通り越して呆れてしまいます。

 民間会社の訓練が、いかに杜撰なものであるか、この会社の業務の補佐に派遣されたイタリアの国家憲兵隊が気づくシーンは、読ませます。訓練生の射撃訓練の成果は惨憺たるものでしたが、そもそも銃の照準が調整されていなかったというのです。憲兵隊員は、こう語ります。「すごく大事なことなのに、今までは誰もやらなかった。理由はわからない」と。

 それまでの射撃訓練では、訓練生はいきなり50メートル先の標的を狙って弾を撃っていました。しかし、距離が遠くて、訓練生たちは標的に当たったかどうかすらも分からなかったというのです。

 そこでイタリアの国家憲兵隊員は、まず7メートル先の標的を撃つことから始めさせ、次第に標的との距離を広げ、射撃の腕前を上げさせることができたというのです。

 おいおい、当たり前のことすら実行されてこなかったのか、と突っ込みを入れたくなります。これでは、米軍撤退後のアフガニスタンがどうなるか、火を見るより明らかでしょう。米軍は来年7月から撤退を開始するというのに。

 去年11月からアフガニスタンでの治安部隊育成の指揮を執ることになった米軍の中将は、「住民に信頼される警察が必要だ」と語っています。そんなことに、これまで気づけなかったアメリカ政府とは、いったい何だったのでしょうか。

 ブッシュ政権の空白の8年間は、取り返しのつかない愚行の8年間でもあったようです。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

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