コラム

トランプの世界観:イラン制裁再開で何を目指すのか

2018年05月28日(月)17時30分

ポンペオ国務長官の12箇条

こうしたトランプ大統領の世界観に基づき、イラン核合意から離脱することになったが、「破棄」ではなく「離脱」にしたことは、欧州各国や中露がイラン核合意の枠組みを維持しようとしていること、また、この枠組みが維持されればイランは容易に核開発の再開をすることが出来ない(そうすれば世界中を敵に回すことになる)、さらにはアメリカの一方的な制裁(いわゆる二次制裁)だけでイランを追い詰めるのに十分である、という判断が働いたものと思われる。

こうした核合意からの離脱を受け、ポンペオ国務長官は国務長官に就任して初めての演説の中で、イランに対する新たな戦略として、12箇条の要求を突きつけた。その概要は以下の通りである

1. イランは過去の核開発の軍事的な側面についての内容をIAEAに全て申請し、恒久的にこのような活動を破棄することを宣言すべし
2. イランはウラン濃縮を停止し、プルトニウムを抽出する再処理を求めてはならない。ここには重水炉の閉鎖も含まれる
3. イランは国内全ての施設におけるIAEAの査察に無条件でアクセスを提供すべし
4. イランは弾道ミサイルの拡散を止め、核兵器搭載可能なミサイルシステムの開発や打ち上げを停止すべし
5. イランはいい加減な名目で拘束している全ての米国と同盟国の市民を解放すべし
6. イランはヒズボラ、ハマス、パレスチナ・イスラーム聖戦を含む、中東のテロ集団への支援を停止すべし
7. イランはイラク政府の主権を尊重し、シーア派民兵の武装解除、動員解除、再統合を認めるべし
8. イランはフーシ派民兵への軍事支援を止め、イエメンの平和的政治解決に努力すべし
9. イランはシリア全域からのイランが指揮する全ての部隊を撤退させるべし
10. イランはアフガニスタンと中東地域におけるタリバンやその他のテロリストへの支援を停止し、アルカイダ指導部を匿うことを止めるべし
11. イランは革命防衛隊の世界中におけるクッズ部隊(対外遠征部隊)によるテロリストや軍事パートナーへの支援を止めるべし
12. イランは、多くがアメリカの同盟国である、その近隣諸国--------に脅威を与える行為を停止すべし。ここにはイスラエルを破滅させると脅すこと、サウジアラビアやUAEにミサイルを撃ち込むことも含まれる。また、国際的な航路への脅威や破壊的なサイバー攻撃も含まれる

このように、ポンペオ国務長官の要求リストは、これまでトランプ大統領が示してきたイランへの懸念のリストであり、その実現性はともかく、これらの要求が全て実現すればアメリカもようやくイランを敵視せず、その存在を受け入れることが出来る、というリストである。

ポンペオ国務長官も「最低限の基本的な12箇条(very basic 12 requirements)」と言っている通り、イランとの関係を正常化するための最低条件としての位置づけであり、これらの要求が通れば、初めてイランとの関係を築くことが出来る、というニュアンスで語られている。

当然ながら、イランはこれらの一方的な要求に応じることはなく、ここで示された要求の一つでも実現しようという意思も見られない。オバマ前大統領はイランに対する嫌悪感や不信感を持ちつつも、あくまでもイランの核兵器保有を避けるために現実的な路線をとったのに対し、トランプ大統領は理想を追い求め、いかに非現実的であっても自らが望む世界を作ろうとしている。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

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