コラム

トランプの宇宙政策大統領令と国際宇宙探査フォーラム

2018年03月06日(火)15時30分

2010年の国家宇宙政策では「2025年までに小惑星を含む、月より先に行く有人ミッションを開始し、2030年半ばには宇宙飛行士を火星軌道に送り、無事に帰還させる」としていた部分を、SPD-1では「民間企業と国際パートナーとともに、人類を太陽系に拡大し、新たな知識と機会を伴って地球に帰還させるための独創的で持続的な探査プログラムを主導する。アメリカは、長期的な開発と利用のために月に人類を再び送り、火星とその他の有人ミッションへと続くプログラムを主導する」という表現に入れ替えただけであった。

このSPD-1はトランプ政権が月に有人ミッションを送り、将来的には火星を目指すということは示されているが、具体的な日程も方法も示されないまま、ただ月を目指すことが宣言されただけという状況である。

さらに問題となるのは、月に有人ミッションを送るとなれば、かつてのアポロ計画ほどの規模ではないにせよ、かなりの投資が必要となる。

しかし、トランプ政権は大幅減税策を進めて歳入を縮小しているだけでなく、地球温暖化問題などに代表される、科学に対する懐疑的な姿勢もあり、NASAへの予算を大幅に増加するような意図も気配もない。さらに言えば、予算を審議する議会においては、国際宇宙ステーション(ISS)を維持すべきだとするテッド・クルーズ上院議員(共和党)などが存在し、ISSの予算を2025年までで停止し、その分の予算を月探査に回す、というトランプ政権のプランに対しても批判がある。

また、トランプ政権が明示的に「月に戻る」ことが何を意味するか明確にしなかったため、NASAが暖めてきたDeep Space Gatewayと呼ばれる月周回軌道に宇宙ステーションを建設し、将来的に火星に向かう拠点とすることを中心にするのか、それともアポロ計画のように月面着陸を優先させるのか、ということも未だにはっきりしていない。頼みの綱の、NSpC事務局長のペースも大統領や副大統領とNASAなどの実施機関との間で板挟みになり、調整作業に手一杯な状態で、具体的な戦略を組み立てるという状況にはない。

このように、トランプ政権に特徴的な「政策の言いっ放し状態」「関係省庁の調整不足」「大統領の思いつきに振り回されるスタッフ」「具体性がなく予算の裏付けのない政策」という問題が宇宙政策にも現れており、それが本来ならばISEF2で主導的な役割を果たすべきアメリカの存在感を消している。

ファルコン・ヘビーの衝撃

トランプ政権の宇宙政策が全く熱気を帯びないもう一つの理由は、アポロ計画の時代にはなかった、民間企業による有人宇宙飛行の可能性が高まったことにある。既にNASAはISSへの有人宇宙輸送を民間企業にアウトソースする方針を進めているが、そこで受注したSpaceXのイロン・マスクは、民間企業として政府の支援を受けずに火星移住計画を進めると2016年の国際宇宙会議(IAC)で宣言した

これは全く予期されていなかった突然の発表だっただけに大きな衝撃をもたらしたが、多くの人がその実現性に懐疑的であった。しかし、2018年に新しいファルコン・ヘビーと呼ばれるロケットの初飛行を成功させ、しかも三本の第一段ロケットのうち二本のブースターの回収まで成功し、さらにはマスク個人が所有しているテスラモータースのテスラ・ロードスターという車に宇宙服を着せたマネキンを乗せ、それを宇宙空間に放出するという演出まで成功させた。

地球を背景に宇宙を駆け抜ける真っ赤な車の写真は、そのスタイリッシュなイメージだけでなく、本当に人類が将来火星に向かって旅立つことができることすら予感させるものであった(その興奮を伝える松浦氏のコラムからも熱気とワクワク感が伝わってくる)。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

逮捕475人で大半が韓国籍、米で建設中の現代自工場

ワールド

FRB議長候補、ハセット・ウォーシュ・ウォーラーの

ワールド

アングル:雇用激減するメキシコ国境の町、トランプ関

ビジネス

米国株式市場=小幅安、景気先行き懸念が重し 利下げ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習慣とは?
  • 4
    「稼げる」はずの豪ワーホリで搾取される日本人..給…
  • 5
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 6
    ロシア航空戦力の脆弱性が浮き彫りに...ウクライナ軍…
  • 7
    「ディズニー映画そのまま...」まさかの動物の友情を…
  • 8
    金価格が過去最高を更新、「異例の急騰」招いた要因…
  • 9
    ハイカーグループに向かってクマ猛ダッシュ、砂塵舞…
  • 10
    今なぜ「腹斜筋」なのか?...ブルース・リーのような…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習慣とは?
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 6
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 7
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 8
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨッ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にす…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story