コラム

歴史的転換点かもしれないイラン大統領選挙

2017年05月25日(木)19時00分

次期最高指導者は誰か

これは同時に、ハメネイ後の最高指導者が誰になるのか、という問題とも直結した問題となる。今回の大統領選に保守系候補として立候補したライーシ師は最高指導者が直接指名した検事総長であり、56歳と若く、マシュハドのイマーム・レザー廟を守護する責任者という聖職者の中でも一定の地位を得ている人物である。そのため、ハメネイ後の最高指導者となり得る人物としての期待も高く、今回の大統領選で勝利すれば、最高指導者への道が開けるとみられていた。しかし、ライーシは知名度が低く、知名度のあるもう一人の保守系候補のガリバフ・テヘラン市長の影に隠れてしまうこともしばしばで、ガリバフが大統領選から撤退し、保守派を一本化したことで40%弱の得票を得ることは出来たが、大統領選で敗れたことで最高指導者の可能性は低くなった。

そのほかの候補者として名前が挙がるのは、司法権の長であるサデク・ラリジャニ(国会議長のアリ・ラリジャニの弟)やその前任者であるシャルーディといった保守強硬派の人物の名前が挙がっているが、いずれもロウハニ大統領が勝ち得た国民の支持を背景に最高指導者に就くわけではない。

最高指導者は専門家会議と呼ばれる聖職者88人によって構成される会議で決定されるが、この専門家会議のメンバーは選挙で選出される。権威ある聖職者が選ばれる傾向にあるため、保守的なメンバーが多くなりがちだが、現在の専門家会議は2016年の国会議員選挙(ロウハニを支持するグループが優勢)と同時に行われ、テヘラン選挙区(定数16)ではロウハニの師に当たるラフサンジャニがトップ当選、ロウハニ自身も3位で当選し、有力保守派メンバーだったヤズディーやメスバーフ=ヤズディーといった人たちは落選した。つまり、最高指導者を選ぶ専門家会議も保守的なカラーが薄らいでいる。

となると、二期目のロウハニ大統領の任期中に最高指導者が交代することになれば、大統領と最高指導者の力関係はかなり大統領に傾くことになる可能性があり、また最高指導者も以前よりは保守色の薄い人物が選ばれる可能性もある。そうなると、1979年のイラン・イスラム革命以来続いている、イスラム主義に基づく国家運営という原則が少しずつ変わってくる可能性も出てくると思われる。

地方選では改革派が圧勝

加えて、今回の大統領選と同時に行われた地方の市町村議会選挙でも興味深い展開が見られた。イランの国会議員選挙、地方議会選挙は政党によって争われるのではなく、候補者の緩いつながりである候補者リストを選挙ごとに作成し、それぞれのリストが保守派や改革派といった性格を持つ。今回の地方議会選挙では最大都市のテヘラン、第二の都市マシュハド、第三の都市であるイスファハンで改革派が議席を独占し、第四の都市であるカラジでも13の議席のうち12を改革派が占めることとなった。有権者としては日々の生活に直結する問題を扱う地方議会でこれだけの圧勝となるのは、単なる政治的なムードの変化以上の、大きな地殻変動を感じさせるものである。ロウハニの再選、昨年の国会議員選挙の結果と合わせて考えると、イラン・イスラム革命から37年経ったシステムが曲がり角に来ていることは間違いない。

革命体制の漸進的な改革の始まり

これらの理由から、2017年の大統領選挙はイランの政治体制のあり方を大きくシフトさせ、これまでイスラム主義と共和制という二重体制国家として成立してきた国家体制の矛盾を共和制の側に引き寄せる可能性を拓いたと言えよう。

その背景には、既に革命から37年が経ち、革命を知らない若い世代が人口の圧倒的多数を占めるようになり、革命に直接かかわった世代が政治の現場から退場していく状況がある。若い人たちは息苦しいイスラム主義的な価値観や倫理観の押し付けに辟易している人も多く、また、保守的な地方であってもロウハニ大統領への支持が強まっていることに見られるように、保守派への信用が失われている。こうした世論の地殻変動は、ロウハニ大統領の当選を支えただけでなく、今後のイランの国家体制のあり方にまで影響を及ぼし得る変化だと考えてもおかしくはない。もしこの地殻変動が、次期最高指導者選びに影響を及ぼし、より穏健な、現体制を改革していく方向性を持つ指導者を選ぶような結果になれば、その転換は今回の選挙から始まったといっても過言ではないだろう。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

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