コラム

テロもフェイクニュースも影響が限られたフランス大統領選

2017年05月10日(水)16時30分

ハッキングやフェイクニュースはなぜ影響しなかったのか

マクロン候補のサーバへのハッキングやその情報の公開が影響しなかったこと、またフェイクニュースが流されても大きな問題にならなかったのは、なぜなのか。この点に関し、New York Timesが興味深い記事を出している。この記事によれば、アメリカで大きな影響を見せたハッキングやフェイクニュースがフランスで影響しなかったのは「イギリスのタブロイド文化や、クリントン候補のハッキング問題をネガティブに報じたアメリカの強固な右翼放送メディアと同等のものがフランスには存在していなかったから」という解説がなされている。つまり一言で言えば、「フランスにはFOXニュースがない」ことが大きな違いであると論じている。

アメリカにおいては、選挙期間中、メディアが党派性を顕わにし、自ら支持する候補を明らかにする伝統があるが、近年はそうした支持を報道の現場にも持込み、自ら支持する候補に有利な情報を流すだけでなく、対立する候補に不利な情報も流し続けるという傾向が強まっている。それはとりもなおさずジャーナリズムとプロパガンダの境目を超えることになりかねないが、FOXニュースなどの党派性の強いニュースチャンネルは、幅広い視聴者層に対して、対立候補を貶める情報であれば些末なことでも大きな問題として取り上げ、根拠が薄弱であっても繰り返し報じることで、あたかも確証があるかのように伝えるといったことが起きている。

さらに問題となるのは、そうしたフェイクニュースや、ハッキングの問題を対立候補を攻撃する材料として選挙戦に積極的に使っていくということがアメリカでは行われていた。クリントン候補に対するメール問題やベンガジにある米領事館襲撃事件は、トランプ陣営にとっては格好の攻撃材料となり、執拗なまでに繰り返し演説やキャンペーンに用いられ、それをニュースメディアが報じることで、ある種の増幅効果が生まれた。

それに対してフランス大統領選では、ルペン候補が大統領候補討論会でフェイクニュースを基にした発言をしたことはしたが、それが大きな話題にもならず、ニュースチャンネルでも大問題として取り上げられなかった、という点が大きい。つまり、それが有権者にとって政策や候補を判断する材料ではないとメディアが判断したということである。こうしたジャーナリズムのあり方の違いが、フェイクニュースやハッキングの問題を小さな問題に留め、大統領選に影響させなかったのだと考える。

マクロン大統領のフランス

さて、当選したマクロンが大統領に就任した場合、どのようなことが起こりうるのであろうか。基本的にはマクロン大統領のフランスは、現状維持が基本路線となる。国民には不人気だったオランド大統領ではあったが、それは社会党大統領として多くの期待があったにも関わらず、その政策はいっこうに実現されず、EUの枠組みの中で制約の多い政権運営をせざるを得なかったことに対する不満や失望が基盤となっていた。

オランド大統領の公約には国内投資促進、雇用促進、公務員の増加、脱原発などがあったが、いずれも実現されず、結局、ドイツの主導する緊縮政策をとらざるを得なかった。こうした失望に加えてオランド政権の間に頻発したイスラム過激派によるテロ(シャルリー・エブド事件、パリ同時多発テロ事件、ニーストラックテロ事件、パリ警官銃撃事件など)による不安や問題解決能力のなさが批判の対象となった。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

2回目の関税交渉「具体的に議論」、次回は5月中旬以

ビジネス

日経平均は続伸で寄り付く、米国の株高とハイテク好決

ビジネス

マイクロソフト、トランプ政権と争う法律事務所に変更

ワールド

全米でトランプ政権への抗議デモ、移民政策や富裕層優
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 8
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 9
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 10
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story