最新記事
米軍

麻薬対策は「ただの口実?」 ...トランプが中南米で始める「トランプ・コロラリー」とは 

The “Trump Corollary”

2025年12月16日(火)17時24分
フアン・サイル・ナランホ・カセレス、シャロン・ブリンキャット(共に豪サンシャインコースト大学研究者)
自国を示す「USA」が描かれた帽子被るトランプ大統領

トランプは中南米諸国でも特にベネズエラたたきにこだわってきた DEMETRIUS FREEMANーTHE WASHINGTON POST/GETTY IMAGES

<アメリカ政府の新戦略が警戒するのは、中南米に深く食い込む中国の存在――>

アメリカのジェームズ・モンロー大統領が、歴史の教科書で「モンロー・ドクトリン」と呼ばれることになる外交方針を発表したのは200年前のこと。

ヨーロッパ列強による世界的な植民地獲得競争が激化する中、アメリカはヨーロッパの戦争に口を出さないから、ヨーロッパ諸国は西半球(南北アメリカ大陸)にちょっかいを出すなと「相互不干渉」を唱えたのだ。


さらにその約80年後、セオドア・ルーズベルト大統領は、モンロー・ドクトリンを発展させた「ルーズベルト・コロラリー」を発表した。

アメリカは西半球からヨーロッパを排除するだけでなく、この地でいわゆる棍棒外交を展開して覇権を築くというのだ。

以後、アメリカは現代までに世界各地で計400件近くの軍事介入を起こしてきたが、その約3分の1は中南米に集中している。アメリカにとって好ましくないと判断した政権を転覆したこともある。

しかし2013年、ジョン・ケリー米国務長官は「モンロー・ドクトリンの時代は終わった」と述べて、中南米をアメリカの影響圏ではなく、パートナーとして扱う方針への転換を明確にした。

ところが、ドナルド・トランプ大統領の政権が12月初めに発表した最新版「国家安全保障戦略(NSS)」は、モンロー・ドクトリンを正式に復活させた。しかも「トランプ・コロラリー」を明記し、西半球諸国の政治に積極的に介入していく姿勢を示した。

トランプ新NSSを解説するエルブリッジ・コルビー(国防総省)のX投稿

それはここ数カ月、トランプ政権が相次ぎ、この地域への介入(ベネズエラの麻薬組織のものとされる船舶を攻撃したり、この地域の要人に制裁や恩赦を発令したりといった措置)を打ち出してきた理由を教えてくれる。

しかも最新のNSSは、アメリカの安全保障と繁栄を、中南米におけるアメリカの覇権維持と結び付けている。そして中国などが、この地域の軍事施設や港湾、鉱物、通信ネットワークといった戦略的資産にアクセスできないようにする方針を示している。

ベネズエラ産麻薬は少量

なにより重要なのは、それが麻薬密輸対策と米中競争を融合させていることだろう。

NSSは、中南米の麻薬組織を取り締まるとともに、シーレーンや港湾、重要インフラを中国の影響から守るために、アメリカは軍事的プレゼンスと外交的圧力を強化する必要があるとしている。

newsweekjp20251216042557.jpg

ホワイトハウスがベネズエラからアメリカに向かう麻薬密輸船を爆撃したとする映像を発表 THE WHITE HOUSEーHANDOUTーREUTERS

newsweekjp20251216041511.jpg
その発表に対し、ベネズエラのマドゥロ大統領は言いがかりだと激しく反論した(9月15日) LEONARDO FERNANDEZ VILORIAーREUTERS

ベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領も「麻薬独裁者」のレッテルを貼られている(ただしアメリカに流入する麻薬のうち、ベネズエラが関わるものはわずかだ)。

トランプは12月2日、アメリカに流入する麻薬を製造または輸送していると考えられる国はどこであっても軍事攻撃を受ける可能性があると述べた。

それが本当なら、メキシコやコロンビアも米軍の攻撃を受ける可能性がある。

その一方でトランプは、大量のコカインを密輸した罪でアメリカで服役中のフアン・オルランド・エルナンデス前ホンジュラス大統領に恩赦を与えている。

なぜ、このような矛盾が生じるのか。NSSによると、トランプの外交政策の基礎を成すのは、「伝統的な政治的イデオロギーではなく、アメリカにとって最善のこと、つまり『アメリカ・ファースト』だ」としている。

原油と鉱物を差し出す?

newsweekjp20251216041325.jpg

中南米・カリブ海域に展開する米空母「ジェラルド・フォード」 TAJH PAYNEーU.S. NAVYーHANDOUTーREUTERS

newsweekjp20251216041347.jpg
ベネズエラへの軍事行動に反対するデモがニューヨークで行われた(12月6日) NEIL CONSTANTINEーNURPHOTOーREUTERS

エルナンデスが恩赦を受けたのも、アメリカにとって利用価値があるからだ。ホンジュラスには大規模な米軍基地があり、アメリカを目指す中南米移民の通り道にもなっている。

今もエリート層や治安部隊と深いつながりがあるエルナンデスを利用すれば、トランプはホンジュラスの内政に影響を与えやすくなる。

実際、トランプがエルナンデスの恩赦を予告したのは、ホンジュラス大統領選の投票日直前だった。エルナンデスを利用して、トランプが支持する候補者ナスリー・アスフラを当選させようという狙いが透けて見える。

NSSは、トランプがここ数カ月、ベネズエラにこだわる理由も教えてくれる。

ベネズエラは世界最大規模の石油埋蔵量を誇るほか、カリブ海沿いに長い海岸線を持つ。パナマ運河を通ってアメリカに商品を輸出入する船舶にとって重要なシーレーンだ。

ベネズエラはアメリカの制裁を受けているが、イランやロシア、そして中国と原油や鉱物の供給合意を結んでいる。とりわけ中国にとって、ベネズエラは重要なエネルギーの供給源であると同時に、西半球への足掛かりでもある。

これはアメリカにとって容認できないことだと、トランプ政権のNSSは明記している。ベネズエラという名前はどこにも出てこないが、中国が一部の中南米諸国の政治経済に深く食い込んでいることに警戒感を示している。

ニューヨーク・タイムズ紙は10月、マドゥロ政権がアメリカとの対立に終止符を打つため、ベネズエラの原油と鉱物資源の支配的な権利を供与する提案をしていると報じた。

これが事実なら、中国向けの原油が、アメリカに輸出されることになる。ただ、トランプ政権の狙いは、原油よりもベネズエラの現体制の転換だと、多くの専門家はみる。

一方、ベネズエラの野党指導者で、今年のノーベル平和賞を受賞したマリア・コリナ・マチャドは、アメリカの投資家に対して、「マドゥロ後のベネズエラ」には、石油・ガス・インフラを民営化する「1.7兆ドルの機会」があると売り込んできた。

中南米の地域組織は分断していて、トランプ政権に対して共闘できそうにない。

最近の中南米カリブ海諸国共同体(CELAC)首脳会議でも、各国首脳は平和を訴える一方で、アメリカの武力介入を非難する案には沈黙した。

どうやらモンロー・ドクトリンから200年たった今も、アメリカにとっての中南米は、自由にうろつき、自分たちの都合で干渉できる場所と見なされているようだ。

The Conversation

Juan Zahir Naranjo Cáceres, PhD Candidate, Political Science, International Relations and Constitutional Law, University of the Sunshine Coast and Shannon Brincat, Senior Lecturer in Politics and International Relations, University of the Sunshine Coast

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


【関連記事】
「麻薬密輸ボート」爆撃の瞬間を公開...米軍がカリブ海で3回目の攻撃、トランプ大統領が投稿
【ウクライナ大統領選】なぜ今「前倒し」? 世論は慎重、支持は僅差でもゼレンスキーが動いたワケ
トランプの「麻薬カルテル攻撃」は正解か?...9月には米軍がメキシコ領内で「軍事行動」の可能性も


ニューズウィーク日本版 教養としてのBL入門
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月23日号(12月16日発売)は「教養としてのBL入門」特集。実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気の歴史と背景をひもとく/日米「男同士の愛」比較/権力と戦う中華BL/まずは入門10作品

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


ヘルスケア
腸内環境の解析技術「PMAS」で、「健康寿命の延伸」につなげる...日韓タッグで健康づくりに革命を
あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

独ZEW景気期待指数、12月は45.8に上昇 予想

ワールド

ウクライナ提案のクリスマス停戦、和平合意成立次第=

ビジネス

EUの炭素国境調整措置、自動車部品や冷蔵庫などに拡

ビジネス

EU、自動車業界の圧力でエンジン車禁止を緩和へ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連疾患に挑む新アプローチ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    アダルトコンテンツ制作の疑い...英女性がインドネシ…
  • 9
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 10
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 8
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 9
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中