最新記事
BOOKS

入居者の頭を持ち上げ「なんであなたは」と激怒...老人ホームで目撃した地獄のような光景

2025年5月25日(日)13時25分
印南敦史(作家、書評家)

「怖いっ。男が注射をするの、とても痛いの」

熊本市で歯科医を開業していたものの、脳梗塞で左半身麻痺となり、奥さんとも離婚した井上秀夫さん。

糖尿病を患っており、背中や腕にイレズミをしている(が、じつはやさしい気遣いができる)彫物師の上村辰夫さん。

ヘビースモーカーで面倒見のいい一杯飲み屋の元女将、伊藤ミネさん。

48歳ながら足腰が弱り、介助なしには立てなかった刑務所帰りの竹下ミヨ子さん。

この人々はほんの一例にすぎないが、患者さんは濃いキャラクターの持ち主ばかりである(登場人物はすべて仮名)。


「恐いです。行かないでください」
 前田さんは掛け布団を顎まで引き、小さな手でその縁を掴んでいた。
「何が恐いの。みんな居るのよ。何も恐いことなんかないのよ」
 介護者としての職業的な笑顔とやさしさで慰めた。
「男たちが、居るんです。窓の外に男たちが居て石を投げるのです」
「そ、そんなことはないよ。誰も居ないよ。安心して」
「ほらほら、石を投げるの。4、5人居る。恐いの」
 しだいに話は切迫感を帯びてきた。
「恐いっ。そこに居てください。男が注射をするの、大きな注射をお尻にするの、とても痛いの、そこに居てください。この時間になるといつも出てくるんです。誰も助けてくれないの、いつもがまんしているんです、そこに居てください、ひとりにしないでください」(35〜36ページより)

こう主張する前田さんは小柄で穏やかな性格の女性だが、幻視が現れるレビー小体型認知症なのだという。確かに介護者からすれば、対応に悩まされることだろう。幻視であるとはいえ、注射器を持った男たちが見えている本人にとって、それは「真実」だからだ。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

台湾総統、強権的な指導者崇拝を批判 中国軍事パレー

ワールド

セルビアはロシアとの協力関係の改善望む=ブチッチ大

ワールド

EU気候変動目標の交渉、フランスが首脳レベルへの引

ワールド

米高裁も不法移民送還に違法判断、政権の「敵性外国人
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 4
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 5
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
  • 6
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 9
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 10
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中