最新記事

座談会

池内恵、細谷雄一、待鳥聡史が語り合った「山崎正和論」〈1周忌〉

2021年8月19日(木)14時35分
アステイオン編集委員会

asteion-kokusaich20210819-2.jpg

池内恵・東京大学教授 国際政治チャンネル

■池内 今回ご著書で言及された「近代主義右派」ですが、日本近代の、ある種、明るい部分に根ざしているわけですよね。

『政治改革再考』の39ページに「幕末開国期あるいは少なくとも戦後初期から連綿と続く、日本の社会に生きる人々の行動と、その集積としての日本の政治行政や世界経済のあり方を、より主体的かつ合理的なものにすることを望ましいとする考え方」と書かれていますね。

山崎先生は、満州から引き揚げた経験があるという話が先ほどありましたが、ある種、個人の自律性、あるいはその前提となる尊厳が本当に奪われる状態を原体験として持っているわけです。しかし、戦後ずっと、いろいろなやり方を経て、やっとここまで来たということに関しては、明らかに評価しています。

私たちが見ていた山崎先生は人生の最後の10年、20年であって、それは老いとか病とかで個人としての先生ご自身は大変だった時期だと思うんですけど、しかし、自らが生きてきた時代というものに関して、肯定的な感情が非常にあったと思います。どん底の状態から日本はよくここまでやってきた、と。

そういうところでの山崎先生の持つ明るさと、我々が知っている時期の山崎先生の明るさはつながっていたと思うのです。

これからの「社交」

■細谷 かつては自分が将来書くことになるとか、ましてや編集委員をさせていただくとは思っていなかったのですが、ちょうど我々が大学生だった90年代、『アステイオン』ってちょっと香りが違う雑誌で、恐れ多いというか、貴族的で上流階級の洗練された文化人が集うサロン的な空気があって、ちょっと近寄りがたいような空気がありましたよね。

戦後日本でどんなに学生闘争やイデオロギー対立があろうとも、権力とも距離を置いた知的な空間をずっと大切にして、それをサントリー文化財団が支えていた。

これはイギリスの「ジェントルマンズ・クラブ」とか、フランスの「サロン」などと同じで、会員制でかなり限定された人しか入れない。これは今や絶滅種なんじゃないかと思うのですが......。

今では海外のトップジャーナルに書くことが唯一の研究者の目的とされ、学問の専門化が進み、専門以外のことをやることに対する敵意さえも見られます。

今、山崎先生みたいな人が僕とか待鳥さんとか池内さんのゼミに3年生で入ってきたら、果たしてそういう人材を育てられるのかといえば、「それは学問じゃないよ」とか言って軌道修正させてしまうかもしれない。

専門分野以外の研究が許されず、絶滅しつつある時代に山崎先生が人と人をつないで大切に守り、蛮勇、つまり専門を越えて発言したり、書くことを励ましてくれた。もちろん、そこで何をやってもいいわけではなくて、品格やマナーにはこだわらなくてはならないのですが......。

「知識人が亡くなるというのは時代が変わる」と「中央公論」元編集長の粕谷一希さんもおっしゃっていましたが、山崎先生が亡くなられたということで、時代が変わるのではないかと僕は思っています。

そういった専門を越えて人と人をつなげて、柔らかい形での教養、知性というものを洗練した形で大切にする文化が学術の世界ではますます疎外され、ときには憎しみの対象となって中傷され、そのような麗しい伝統も消え去りつつあるのかなと。

池内さん、どうですか。こういったものは残るんですかね。なくなるんですかね?

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国首相、豪首相ときょう会談へ 16日は動物園とワ

ビジネス

機械受注4月は前月比2.9%減、判断「持ち直しの動

ビジネス

独アディダス、中国での収賄疑惑の調査開始=FT

ビジネス

ECB、仏国債の臨時購入を検討せず=政策筋
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:姿なき侵略者 中国
特集:姿なき侵略者 中国
2024年6月18日号(6/11発売)

アメリカの「裏庭」カリブ海のリゾート地やニューヨークで影響力工作を拡大する中国の深謀遠慮

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    この「自爆ドローンでロシア軍撃破の瞬間」映像が「珍しい」とされる理由

  • 2

    FRBの利下げ開始は後ずれしない~円安局面は終焉へ~

  • 3

    顔も服も「若かりし頃のマドンナ」そのもの...マドンナの娘ローデス・レオン、驚きのボディコン姿

  • 4

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開する…

  • 5

    米モデル、娘との水着ツーショット写真が「性的すぎ…

  • 6

    森に潜んだロシア部隊を発見、HIMARS精密攻撃で大爆…

  • 7

    水上スキーに巨大サメが繰り返し「体当たり」の恐怖…

  • 8

    なぜ日本語は漢字を捨てなかったのか?...『万葉集』…

  • 9

    サメに脚をかまれた16歳少年の痛々しい傷跡...素手で…

  • 10

    メーガン妃「ご愛用ブランド」がイギリス王室で愛さ…

  • 1

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 2

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車の猛攻で、ロシア兵が装甲車から「転げ落ちる」瞬間

  • 3

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思っていた...」55歳退官で年収750万円が200万円に激減の現実

  • 4

    米フロリダ州で「サメの襲撃が相次ぎ」15歳少女ら3名…

  • 5

    毎日1分間「体幹をしぼるだけ」で、脂肪を燃やして「…

  • 6

    カカオに新たな可能性、血糖値の上昇を抑える「チョ…

  • 7

    この「自爆ドローンでロシア軍撃破の瞬間」映像が「…

  • 8

    「クマvsワニ」を川で激撮...衝撃の対決シーンも一瞬…

  • 9

    認知症の予防や脳の老化防止に効果的な食材は何か...…

  • 10

    堅い「甲羅」がご自慢のロシア亀戦車...兵士の「うっ…

  • 1

    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕の映像が話題に

  • 2

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 3

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 4

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「…

  • 5

    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が…

  • 6

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車…

  • 7

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 8

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃の「マタニティ姿」が美しす…

  • 9

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思ってい…

  • 10

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中