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前世代の先輩たちがいつの間にか姿を消していった──氷河期世代と世代論

2021年7月1日(木)17時20分
池内 恵(東京大学先端科学技術研究センター教授)※アステイオン94より転載

しかしそれは私がかつての中東問題認識を持つ人々を説得して考えを変えさせたからではなく、世代が交代し、人間が入れ替わったからである。若い世代は中東問題の理解のための入り口としてしばしば私の本を手にとるようであり(それを意図して多くの本を出してきたのであるが)、それによって、私の意見に反対しないどころか、むしろ私の意見は当たり前過ぎる平凡な認識であり、つまらない、と感じる人さえも出てきているようだ。

それは私の示す現状認識が受け入れられた結果であるのだから、喜ぶべきではあるが、ある種の「張り合いのなさ」を感じる(贅沢な悩みであるが)。「ヴィジョナリー」が示すヴィジョンにより人々の認識が改まったというよりは、世代が入れ替わり、新たな現実を現実と認識して育つ人々が社会の多数になったことで、私が必死に示そうとした「ヴィジョン」は当たり前の現実の記述となった。

このことは、私にとって無用な反論や批判を受けないという意味では好都合である。しかし「人間が生まれ育った環境によって身につけた思想は変わらず、説得されて考えを変えることはない。ただ世代交代だけが新しい思想をもたらす」というのが真理であるとすれば、書き手としてやや寂しいところがある。

私が同時代としてきた湾岸戦争、9・11事件、さらには「アラブの春」までが、歴史書の中で読む遠い過去の出来事としてしか捉えられない世代が育っていく。しかしこれは時間の当然の流れである。そうであれば、「ポスト冷戦期」がそもそも過去の歴史であるという新たな現実を踏まえて、中東問題を「歴史」として書く時期にきているようだ。

それは、私自身が、書き手として、「他の人が見えていない現実と将来を見通す」ことを目指す「ヴィジョナリー」から、過去を過去として現代の読者に適切に認識させる「ヒストリアン」へと転じないといけない時期にきているということなのだろう。今は私個人にとってその過渡期であり、多分に嫌がられることを承知の「昔話」や、気恥ずかしい「自分語り」がしばし漏れることを、ここはご承服いただきたい。

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