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現代史

複合的な周年期である2021年と、「中東中心史観」の現代史

2021年7月1日(木)17時15分
池内 恵(東京大学先端科学技術研究センター教授)※アステイオン94より転載

しかしわれわれはすでにベルリンの壁崩壊から30年以上の時間を生きてしまっている。ベルリンの壁が建設されたのは1961年であり、それが崩壊したのが1989年である。冷戦期という時代が、少なくとも、それを象徴するベルリンの壁の存立期間という意味では28年しかなかったことになる。われわれはこうしている間も、刻一刻と、冷戦期よりも長いポスト冷戦期を生きているのである。

そうであれば、ポスト冷戦期を、それ以前の冷戦期という時代に存在した対立構造の消滅と不在として捉えるのではなく、ポスト冷戦期に実際に存在した主要な問題・課題、つまりその時代の内実をもって捉えていく時期に来ているのではないか。この文脈において、私としては「ポスト冷戦期は中東問題の時代だった」と唱えていきたい。

いうまでもなくポスト冷戦期は「米国一極支配」の時代である。米国主導の国際秩序の形成と広がり、トランプ大統領の登場のように、米国という体制そのものの内なる動揺や、米国が主導する国際秩序の揺らぎが、ポスト冷戦期の内実をめぐる主要な議論になることは当然である。それは国際政治の主導的・指導的な主体に着目した場合である。

主導的な主体がその他の主要な主体と共に知恵を絞り対処する、国際政治の主要な「対象」、はては「問題」や「脅威」は、それが実態あるものなのかあるいは過剰な認識による面もあるのかは議論の余地があるとして、中東であり、イスラーム勢力であり、その背後にある理念であった。

その意味で、ポスト冷戦期は「中東問題の時代」であり、その起点を、1989年のベルリンの壁崩壊というよりは、むしろ1991年の湾岸戦争に置くということも可能ではないだろうか。そして、それから10年後の2001年の9・11事件とそれに対する米主導のグローバルな対テロ戦争の展開は、米国一極支配がその頂点に達したところでの、周縁からの反発の表面化とも受け止められうるものであり、過剰拡大・介入過多による衰退あるいは停滞を招いた側面も指摘できる。

2011年の「アラブの春」以後の、米国による統制が効かなくなった中東情勢は、米国一極支配の緩みの顕在化と、より多極的な、あるいは中東から離れた中国に国際政治の「問題」の所在が移動し、今後の展開によっては主要な「主体」も移動していく、次の未知の時代の前触れであったと捉えられるかもしれない。

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