最新記事

ルポ

【全文公開】韓国は長年「最も遠い国」だった(映画監督ヤン ヨンヒ)

KOREA, MY OTHER “HOMELAND”

2019年10月8日(火)17時40分
ヤン ヨンヒ(映画監督)

筆者のヤンは64年に大阪で生まれ、「朝鮮」籍を持つ在日コリアンとして育った。現在は韓国籍を取得 PHOTO BY JJ

<韓国出身の両親のもと、日本で生まれ育った元「朝鮮」籍の筆者が、いま韓国で考えること――。反響を呼んだ本誌特集掲載のルポを全文公開する>

「何このバカなニュースは! 韓国と日本の政府がもめているときこそ、民間人同士が仲良くするように諭すのがテレビの役目じゃないか。あおるようなインタビューばっかり見せて。言論(メディア)がしっかりしなきゃ駄目だよ!」

韓国の首都ソウルに隣接する金浦市。行きつけの食堂で太刀魚の煮付けを食べていると、日韓問題についてのニュース番組を聞いていた女将(おかみ)さんが調理場から出てきて声を荒らげた。「お客さんがいるんだ、静かにしないか」という店主の言葉にも「国のことに市民が意見するのは当然じゃないの。黙っていられるかい」と真剣な顔。

しっかり主張する女将と、私に申し訳なさそうに笑っている店主を見ながら、この店の家庭料理がなぜおいしいのかが分かったような気がした。素朴だが手抜きのない女将の総菜は、心と体に新しいエネルギーをくれる。

新作ドキュメンタリー映画『スープとイデオロギー』の編集作業のため、今年4月からソウル郊外に滞在している。日韓関係悪化のニュースが両国を覆うなか、日韓合作映画の制作に取り組んでいる。大阪で生まれ育った私と、両親の故郷である韓国との出会い、そして両国の「今」について考えている。

magSR191008yangyonghi-2.jpg

筆者が新作ドキュメンタリー映画の制作のため長期滞在して見えてきたものは(写真は釜山) HARRY CHUN FOR NEWSWEEK JAPAN

韓国南部の済州島で生まれた父は1942年、15歳のときに大阪に渡り、済州島出身の両親のもと大阪で生まれた母と1952年に結婚。日本での民族差別の中を生きた両親の共通点は、1948年4月3日を機に故郷で起きた「済州4・3」で多くの身内を殺されたことだった。

45年の大阪大空襲を受け、当時15歳だった母は祖父母と共に彼らの故郷である済州島に疎開した。だが48年に南北分断を固定化することになる38度線以南の単独選挙に反対して島民が蜂起すると、「赤狩り」という名のもと軍や警察が激しく弾圧。幼い子供を含む3万人が犠牲になるなか、母は弟と妹を連れて済州島を脱出し日本へ逃れた。同族による虐殺は、両親を徹底的なアンチ「南」にしてしまった。

1950〜53年の朝鮮戦争以降にますます激化した南北の対立は、日本のコリアン社会に強烈な影響を及ぼした。父は北朝鮮(DPRK)を祖国として選び、金日成(キム・イルソン)の偉大さを普及する政治活動家としての道を邁進した。母は大阪でレストランを経営しながら父の活動を支え、3人の兄たちと私を生んだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

インフレ低下の確信「以前ほど強くない」、金利維持を

ワールド

EXCLUSIVE-米台の海軍、4月に非公表で合同

ビジネス

米4月PPI、前月比0.5%上昇と予想以上に加速 

ビジネス

中国テンセント、第1四半期は予想上回る6%増収 広
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プーチンの危険なハルキウ攻勢

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 10

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中