最新記事

アポロ計画

50年前の今日地球帰還、アポロ11号の知られざる危機が今になって明らかに

2019年7月24日(水)18時00分
秋山文野

10075201.jpg

ケネディ宇宙センターでのアポロ11号、コマンド・サービスモジュール。Image Credit: NASA


22485529068_ae74cf027b_o.jpg

オライオン宇宙船のサービスモジュール。ESA(欧州宇宙機関)が開発を担当している。Image Credit: NASA/ESA


問題が改修されたのはアポロ13号になってから

当時、NASAの電子システムおよび安全担当エンジニアだったゲーリー・ジョンソン氏は、Eight Years to the Moonの中でこれが「ジェットソン・コントローラー(SMJC)」と呼ばれる、コマンドモジュールとサービスモジュールの分離を制御する機器の動作問題だと説明している。

「ジェットソン・コントローラーは4つのスラスター(RCS)を機体後部のマイナスX面方向へを噴射する。2秒後に4つのロール制御用RCSが噴射を開始し、5.5秒間のスピン安定マヌーバを行うことになっていた。この動作で、サービスモジュールに残っていた推進剤を使い切ることになる」

しかし、データから一連のシーケンスを分析した結果、分離後に残っている推進剤が非常に少ないといった場合に、軌道変更が計画通り行われず、サービスモジュールの一部がコマンドモジュールに接触する可能性があることがわかった。マイスX面方向のRCSが25秒間噴射し、ロール制御RCSが2秒間噴射する設定に変更すれば、サービスモジュールは適切な軌道に入り、衝突を防ぐことができる。ジョンソン氏はただちに設計を見直したが、アポロ12号の打ち上げが迫っていた。12号に設計の改良を反映することはできず、実際に改修されたのはアポロ13号になってからだった。

恐ろしいことに、衝突を招くRCS動作の問題は、アポロ8号、10号でも同じようにあった。ただ、8号、10号では宇宙飛行士がサービスモジュールを目撃するという「問題に気がつくきっかけ」がなかっただけなのだ。アポロ8号から12号まで、12人の宇宙飛行士が地球を目前にして帰還できないリスクを抱えたまま飛行していたことになる。

ミッション後間もなく機密事項に

このインシデントに関する報告は、アポロ11号のミッション後間もなく機密事項に分類され、1970年11月まで公の報告書に記載されなかった。公開まで時間が経ってしまったことで、アポロ11号のエピソードとして注目されなかったのだろうとジョンソン氏はいう。

「2016年になって、古いアポロ時代のファイルを見直していたところ、問題の報告書を見つけた」というジョンソン氏は、2017年にNASAの新型宇宙船「オライオン」のサービスモジュール開発エンジニアにこの件を教えた。オライオンの開発チームは、設計の段階では分離後のサービスモジュールに、スラスター噴射による機体の制御が必要だという具体的な要求項目はなかった話したという。分離後のサービスモジュールがコマンドモジュールに接触する危険を指摘した文書もなかったため、オライオン開発チームは、ジョンソン氏の知見を機体設計に取り入れることになった。

「失敗から学んだ知見は、自由に利用し共有できるようにするべきだ」というジョンソン氏の報告は50年を経て宇宙工学の専門誌に掲載され、オンラインで誰でも読めるようになっている。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

ECB、6月利下げが適切 以後は慎重に判断─シュナ

ビジネス

中国4月鉱工業生産、予想以上に加速 小売売上高は減

ワールド

訂正-ポーランドのトゥスク首相脅迫か、Xに投稿 当

ビジネス

午前の日経平均は反落、前日の反動や米株安で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇跡とは程遠い偉業

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 6

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 7

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 8

    半分しか当たらない北朝鮮ミサイル、ロシアに供与と…

  • 9

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 10

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中