最新記事

北朝鮮

金正恩「新年の辞」の輸入ファッションに北朝鮮国民が幻滅

2019年1月10日(木)11時15分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

全て輸入品のスーツ、靴、高級ソファー、本棚に囲まれて「新年の辞」に登場した金正恩 KCNA-REUTERS

<北朝鮮の元旦恒例の「新年の辞」に輸入ファッションで身を固めて登場した金正恩。人民の最高指導者という権威を示せない姿に国民は幻滅している>

現在の朝鮮民主主義人民共和国の前身となる北朝鮮臨時人民委員会ができる前の1946年1月1日、朝鮮共産党北朝鮮分局の責任書記だった金日成氏(後の主席)は、「新年を迎え全国人民に告ぐ」というタイトルで演説を行った。

北朝鮮の最高指導者はこれ以降、形式は異なれど毎年1月1日に「新年の辞」を発表し続けてきた。金正恩党委員長は今年も「新年の辞」を発表したが、北朝鮮国民からの反応はさほど芳しくない。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

平安北道(ピョンアンブクト)の情報筋によると、労働者は勤め先に、それ以外の人は人民班長(町内会長)の家に集まり、テレビで「新年の辞」の発表を視聴した。情報筋は「新年の辞を見る住民が、今年のようにテレビに釘付けになったのは初めてかも知れない」として、その理由を次のように説明した。

「数十年間、わが国(北朝鮮)の新年の辞は、壇上にある首領(金日成氏)の半身像を写しながら読み上げるのが慣例だったが、今年のようにソファーに腰掛けて書類を手に持ち読み上げたのは、常識破りの破格の変化」(情報筋)

ところが、発表を見守った地域住民の視線は、金正恩氏のスーツ、靴、高級ソファー、本棚に集中し、「すべて輸入品なものだから、人民の指導者というプロパガンダを鼻で笑うような雰囲気になってしまった」とのことだ。北朝鮮では、最高指導者の権威が何より重要とされるのに、まったく皮肉な結果だ。

参考記事:金正恩命令をほったらかし「愛の行為」にふけった北朝鮮カップルの運命

金正恩氏としては、気さくな感じを演出しようとしたようだったが、どこか不自然と感じ、むしろ逆効果だと情報筋は受け取った。

「ペーパーを見ながら新年の辞を発表する(金正恩氏の)視線が、どこか問答式通達競演大会で暗記した内容を発表する人を彷彿とさせた。威信が保たれておらず、非常に不自然だとの評価だった」

咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋も、金正恩氏がソファーに腰掛けて新年の辞を読み上げる様子は衝撃的だったとしつつも、内容は「今年の新年の辞も昨年同様に国家経済発展5カ年計画の戦略的目標遂行に拍車をかけよう」というもので、何ら目新しいものはなかったと評価した。

「金正恩氏が政権の座についた直後には、皆が新年の辞に耳を傾け、若い指導者の新しいところを探そうとしていた。2017年の新年の辞では自らの能力不足を認め自責をする様子を見せた。いよいよ新たな変化が見えるかと期待していたのに」(情報筋)

咸鏡南道(ハムギョンナムド)の情報筋も、人民班(町内会)で集まって新年の辞を見たが、早く終わらないかと雑談しながら時間つぶししたという。内容への評価は散々なものだった。情報筋は最後にこう語った。

「毎年新年を迎え、人民生活の向上と人民の幸せを謳うが、それは強制動員と社会的支援(金品の供出)を意味することなので、むしろ不満に繋がるのだ」

参考記事:金正日が死んだ日なんか関係ねぇ......北朝鮮の若者たちが大暴れ

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

20240514issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年5月14日号(5月8日発売)は「岸田のホンネ」特集。金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口……岸田文雄首相が本誌単独取材で語った「転換点の日本」

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

フィリピン第1四半期GDP、前年比+5.7%で予想

ビジネス

景気動向一致指数、3月は前月比2.4ポイント改善 

ワールド

再送-ブラジル南部洪水の死者100人に、さらなる雨

ワールド

印ヒーロー・モトコープ、1─3月期は18.3%増益
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必要な「プライベートジェット三昧」に非難の嵐

  • 3

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 4

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 5

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食…

  • 6

    この夏流行?新型コロナウイルスの変異ウイルス「FLi…

  • 7

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽…

  • 8

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 9

    ロシア軍兵舎の不条理大量殺人、士気低下の果ての狂気

  • 10

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 8

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 9

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 10

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中