最新記事

シリア情勢

トルコがシリアへ侵攻し、クルドが切り捨てられる

2018年1月24日(水)18時00分
青山弘之(東京外国語大学教授)

トルコはアサド政権とも「取引」した

トルコは、ロシア、そしてアサド政権とも「取引」した。これは、シリア軍がイドリブ県で進めていた「テロとの戦い」との兼ね合いで行われた。

2017年末にイスラーム国に対する勝利を宣言したアサド政権は、シャーム解放委員会が主導する反体制派の支配下にあるハマー県北東部、アレッポ県南西部、イドリブ県南東部での戦闘に注力、2018年1月になると、同地域におけるシャーム解放委員会の一大拠点であるアブー・ズフール航空基地(イドリブ県)に迫った。

シリア軍の攻勢に対して、反体制派は再び糾合した。中国の新疆ウイグル自治区出身者を中心に構成されるトルキスタン・イスラーム党は、戦車や重火器からなる大規模増援部隊をイドリブ県南東部に派遣し、1月11日には「アッラーには彼らを助ける力がある」作戦の開始を宣言、シャーム解放委員会を支援した。

同じ日、トルコが後援するシリア・ムスリム同胞団系のシャーム軍団や、バラク・オバマ前米政権の支援を受けていた「穏健な反体制派」(ないしは「自由シリア軍」)のナスル軍、自由イドリブ軍などが「暴君への抗戦」作戦を開始した。

シャーム軍団は、この戦闘でトルコ軍から供与された装甲車や重火器を初めて実戦に投入した。さらにシャーム解放委員会と密接な関係を築いてきた「穏健な反体制派」のヌールッディーン・ザンキー運動、アフラール軍、そして自由シリア軍を自称するアル=カーイダ系のシャーム自由人イスラーム運動もこれに加わった。

トルコ軍と反体制派のこの軍事作戦「オリーブの枝」作戦

トルコ軍によるアフリーン市一帯への侵攻は、反体制派の糾合と徹底抗戦によってイドリブ県南東部でシリア軍が苦戦を強いられている最中に開始された。
map2018_01.jpg
侵攻作戦が本格化する直前の1月18日、トルコのフルシ・アカル参謀総長とハカン・フィダン国家諜報機構(MİT)長官がロシアの首都モスクワを突如訪問し、セルゲイ・ショイグ国防大臣らと会談した。建設的な雰囲気のなかで行われたとされる会談の具体的な内容は定かでない。だが、トルコのメディアによると、アフリーン市一帯でのトルコ軍の航空作戦の実施の是非、同地に「人間の盾」として進駐していたロシア軍部隊の処遇が話し合われたという。

アフリーン市一帯への越境砲撃を激化させていたトルコ軍は、この会談の2日後にあたる20日、航空部隊による越境爆撃を開始した。また、これと前後して、トルコ領内で教練を受けたとされる反体制派が、トルコのキリス県からアレッポ県北部のアアザーズ市に向けて入国した。シャーム軍団の幹部によると、その数は2万人に及んだ。

「オリーブの枝」作戦と名づけられたトルコ軍と反体制派のこの軍事作戦に、ロシア、イランは批判的な発言を繰り返したが、対抗措置をとることはなかった。トルコ軍戦闘機を撃破すると主張していたアサド政権も「野蛮な敵対行為」と言い放つだけだった。米国にいたっては、米軍中央司令部(CENTCOM)のジョゼフ・ヴォーテル司令官が「アフリーンに特別な関心はない」と言い捨てた。

しかし、ロシア、そしてアサド政権が何も得なかったわけではなかった。「オリーブの枝」作戦の開始と時を同じくして、シャーム解放委員会などの反体制派は、シリア軍に対する抗戦の手を突如弱め、1月21日、シリア軍はアブー・ズフール航空基地を奪還、軍総司令部の声明によると、イドリブ県南東部、アレッポ県南西部、ハマー県北東部の300の町村を合わせて解放したのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米肥満薬開発メッツェラ、ファイザーの100億ドル買

ワールド

米最高裁、「フードスタンプ」全額支給命令を一時差し

ワールド

アングル:国連気候会議30年、地球温暖化対策は道半

ワールド

ポートランド州兵派遣は違法、米連邦地裁が判断 政権
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216cmの男性」、前の席の女性が取った「まさかの行動」に称賛の声
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 6
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 7
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 8
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 9
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 10
    長時間フライトでこれは地獄...前に座る女性の「あり…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 9
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 10
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつか…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中