最新記事

2016米大統領選

【敗戦の辞】トランプに完敗したメディアの「驕り」

2016年11月10日(木)18時54分
小暮聡子(ニューヨーク支局)

 その傾向は、大統領選の討論会場でも明らかだった。9月末にニューヨークで行われた第1回目のクリントンvs.トランプの討論会は、会場に設けられたメディアセンターで観戦した。世界中から詰めかけている大勢の同業者たちと一緒にクリントンとトランプのやりとりを見ていたわけだが、トランプが何か発言するたびに周りの記者たちから失笑、ときに爆笑の声が上がる。さながら同業者たちと一緒にお笑い番組を観ているようで、ここでもトランプをどこかまともに捉えていない空気を感じた。

 第3回目の討論会はコロンビア大学ジャーナリズムスクール主催の観戦集会に出向いたが、この時も会場内の「失笑ポイント」が同じで、妙な一体感があった。ニューヨークでジャーナリズムを学んだ後に米メディアの中枢に入っていくような人たちは、少なくとも「トランプ不支持」という価値観で一致しているのだなと、納得したものだ。

 もちろんメディアで働く人間も、仕事上は自分の個人的な支持、不支持にとらわれない中立な報道を心がける。米メディアは媒体としてどちらの候補を支持するかを表明する傾向にあるが、中で働いているスタッフは原則として自分の支持する候補を利することを目的として報道することはない(オピニオン記事で主観を述べることはあるが)。だが仕事を離れればメディアの人間にも支持、不支持があり、それを仲間内で口にすることもある。その点で言うと、少なくとも私の周りで「私はトランプを支持している」と堂々と公言している同業者は1人もいなかった(共和党支持者はいる)。

ここまでの大どんでん返しは想定できなかった

 では、立場上は客観的に分析していたはずの米メディアは、なぜ間違えたのか。既に米メディアにはさながら「反省文」とも言える記事が出始めているし、何を間違えたのかは今後徹底的に議論されていくだろう。しかしなぜ予想が外れたかについて現時点で誰の目にも明らかな理由の1つは、メディア側が世論調査の結果を過信し、読み違ったことだ。

 勝敗予想の大きな根拠とされているのが世論調査である以上、もちろんどのメディアも「絶対」という言葉は使わなかったし、私も「最後まで何が起きるか分からない」とは思っていた。むしろ「世論調査をどこまで信じられるか」という話は同業者同士でよくしていたし、世論調査の「穴」を指摘する声もあった。ではなぜ、それでもメディアが世論調査を積極的に活用したのかと言えば、過去数年の結果を見ていて大どんでん返しと言えるほど極端に外れた例がなかったことが大きいだろう。

 08年のバラク・オバマの大統領選でも、本音では黒人を受け入れない「隠れアンチオバマ」票があるのではとささやかれていたが、結局オバマが勝った。08年と12年の大統領選では、「天才統計学者」と呼ばれるネイト・シルバーがビッグデータを駆使して予想をほぼ完璧に的中させていた。

 結果として、今回メディアは世論調査に出てこない「隠れトランプ支持層」の存在を見誤っていた。いや、その存在は分かっていたし、私も教養のある共和党員と話すほどに「隠れトランプ支持者」の存在を実感してはいたが、メディアはその数がここまで多くて、彼らが実際にトランプに投票しに行くとは思っていなかったのだろう。もちろん、とらえきれなかったのは「反エスタブリッシュメント」「クリントン嫌い」「アンチ民主党」の根深さかもしれないし、他にも「予想が外れた理由」は今後議論されていくことになる。だがとにかく、今回の大統領選はメディアと世論調査、統計学や専門家の完全なる敗北だった。

【参考記事】元大手銀行重役「それでも私はトランプに投票する」

 どうしてメディアは「隠れトランプ支持層」の広がりと力を見抜けなかったのか。客観的に証明するのは難しいが、自戒をこめて個人的な見解を述べるなら、私は「アメリカ人の良識」を信じようとする心が、もしかするとどこかで予想にバイアスをかけたのではないかと思う。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米債市場の動き、FRBが利下げすべきとのシグナル=

ビジネス

米ISM製造業景気指数、4月48.7 関税コストで

ビジネス

米3月建設支出、0.5%減 ローン金利高騰や関税が

ワールド

ウォルツ米大統領補佐官が辞任へ=関係筋
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 7
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    【徹底解説】次の教皇は誰に?...教皇選挙(コンクラ…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中