最新記事

シリア情勢

トルコのクーデータ未遂事件後、「シリア内戦」の潮目が変わった

2016年8月25日(木)17時30分
青山弘之(東京外国語大学教授)

8月24日、トルコ軍はシリア領内に侵攻した。 Umit Bektas-EUTERS

 シリア北東部のハサカ市で8月16日、シリア政府を支持する民兵組織「国防隊」と西クルディスタン移行期民政局(ロジャヴァ)の治安警察「アサーイシュ」が交戦状態に入り、同地の緊張が一気に高まった。アレッポ市をめぐるシリア軍と「反体制派」との攻防戦に欧米諸国や日本の関心が集まるなかで突如発生したこの新たな動きは、「シリア内戦」において何を意味するのか?

aoyama1.jpg

シリア政府とロジャヴァの武力衝突、そして米軍の威嚇行動

 今回の衝突は、8月に入って激化していた双方の逮捕合戦がきっかけだった。同様の小競り合いはこれまでにも散発していたが、シリア軍とロジャヴァの武装部隊「人民防衛部隊」(YPG)が介入したことで全面衝突に発展した。この戦闘で、シリア軍は市内のロジャヴァ支配地域に対して空爆を加える一方、YPGも重火器を使用し、市内のシリア政府支配地域に進攻した。これにより住民数千人が避難を余儀なくされ、民間人を含む多くの死傷者が出た。

 それだけではなかった。シリア軍の空爆がYPGへの教練・技術支援を行う米特殊部隊の拠点近くに及んだとの理由で、米国が介入し、同軍戦闘機がシリア軍機に対してスクランブル(緊急発進)をかけた。シリア政府とロジャヴァの武力衝突、そして米軍の威嚇行動はいずれも「シリア内戦」下で初めてのことだった。

 両者の対立は、ロシアの仲介によって23日未明に停戦合意が発効することで収束した。その結果、ロジャヴァはハサカ市の90%を掌握、一方のシリア政府は同市からの軍の完全撤退を余儀なくされ、政府関連施設がある中心街を除くすべての支配地域を失った。

存在感を増すクルド民族主義政党の民主統一党(PYD)

 ロジャヴァはシリア北東部や北西部を実効支配する暫定自治機関だが、それを主導するクルド民族主義政党の民主統一党(PYD)は「シリア内戦」において特異な地位を占めてきた。

 PYDはアサド政権打倒を主唱している点で反体制組織ではある。だが、武力ではなく政治プロセスを通じて体制転換をめざすことで、いわゆる「反体制派」とは一線を画してきた。彼らはまた、「イスラーム国」だけでなく、このいわゆる「反体制派」と敵対し、武力衝突を繰り返してきた。ここでいうカッコ「 」付きの「反体制派」とは、アル=カーイダ系の「シャーム・ファトフ戦線」(旧ヌスラ戦線)や「シャーム自由人イスラーム運動」といったイスラーム過激派が主流をなす勢力を指し、この言葉からイメージされる「フリーダム・ファイター」はイスラーム過激派に依存することで延命している周縁的存在に過ぎない。

【参考記事】ヌスラ戦線が、アル=カーイダから離脱を発表。シリアで何が起きているのか

 ロジャヴァの政治姿勢は、「反体制派」をテロリストと断じて「テロとの戦い」を推し進めてきたシリア政府、ロシア、そしてイランとの戦略的連携を可能とした。ロジャヴァは、シリア政府と支配地域の治安対策などをめぐって対立することあったが、ハサカ市、カーミシュリー市を共同分割統治し、アレッポ県北西部のアフリーン市一帯、アレッポ市などで「棲み分け」を行った。

 一方、米国は、アサド政権に武力を行使しないロジャヴァを「反体制派」と認めようとはしなかった。だが、シリア国内でイスラーム国に対する「テロとの戦い」を開始した2014年9月以降、徐々にロジャヴァとの協力を深めていった。翌年9月末、ロシアがシリア領内での空爆を開始すると、米国と偶発的衝突を避けるとの名目でロシアに同調するようになったが、ロジャヴァは、この二カ国、シリア政府、イランからなる奇妙な呉越同舟の結節点となり、存在感を増していった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、シカゴへの州兵派遣「権限ある」 知事は

ビジネス

NY外為市場=円と英ポンドに売り、財政懸念背景

ワールド

米軍、カリブ海でベネズエラ船を攻撃 違法薬物積載=

ワールド

トランプ氏、健康不安説を否定 体調悪化のうわさは「
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 4
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 5
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 6
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 7
    トランプ関税2審も違法判断、 「自爆災害」とクルー…
  • 8
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 9
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 10
    世界でも珍しい「日本の水泳授業」、消滅の危機にあ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 9
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中