最新記事

欧州

ドイツ「最強」神話の崩壊

2016年8月17日(水)16時00分
ヤッシャ・ムンク

 そして先月、ドイツ南部で1週間に4件の流血の惨事が起きた。まず18日、ビュルツブルク付近を走行中の列車内で、アフガニスタン難民の少年が、おので乗客を襲い5人が負傷。22日にはミュンヘンのショッピングセンターで、イラン系ドイツ人の少年が銃を乱射し、9人が死亡、35人以上が負傷している。

 24日には、ロイトリンゲンのバス停で、シリア人の男が、なたで通行人を切りつけ、妊婦1人が死亡し、2人が負傷した。同日夜には、アンスバッハの飲食店で、シリア人の男が自爆して15人が負傷。イスラム原理主義組織によるドイツ初の自爆テロとなった。

 大みそかの事件がAfDの躍進につながったように、今回の事件がAfDなどポピュリストに有利に働くのは間違いない。彼らにしてみれば、一連の事件は「メルケルの移民政策のせいでドイツはテロリストの標的になる」という主張の正当性を(一見したところ)示した。

 今回の事件は、別の意味でもメルケルに打撃を与えている。4件の襲撃事件はいずれもドイツ南部で起きたが、うち3件はバイエルン州で起きた。同州の与党・キリスト教社会同盟(CSU)は、メルケル率いるキリスト教民主同盟(CDU)の地方政党的な存在だ。

【参考記事】オーストリアにEU初の極右政権が生まれる?

 だが、ドイツは歴史的に地方分権が進んでおり、州議会の組織も大きい。そしてCSU党首であるホルスト・ゼーホーファー州首相は、メルケルに最も批判的な1人として知られる。このため政治評論家の間では、CSUがCDUとたもとを分かつのでは、という声も聞かれる。

 現実にはそこまで行かないとの見方が強いが、メルケルが大きな圧力にさらされるのは間違いない。その場合メルケルは、政策を右寄りに軌道修正して党内の不満を封じ込むか、現在の方針を堅持して自らの政治生命を危うくするかの二択を迫られるかもしれない。

銃撃犯は極右政党支持者

 いずれにしろ、メルケルが巧みに国内政治をコントロールできた時代は終わりに近づいている。彼女は政治的な死に抵抗する過去の遺物のようなものだ。しかしメルケルが政治の舞台を去ったら何が起きるかは、誰にも予想がつかない。

 こうした大きな問題を考えると、今回の事件の真相が当初報じられたよりもやや複雑であることは見落とされがちだ。例えばミュンヘンのショッピングセンターの銃撃犯アリ・ダビド・ゾンボリは、イスラム原理主義者ではなくAfDの支持者だと語っている。

 ミュンヘンでイラン人の両親に生まれたゾンボリは、イスラム教徒と「カナーケン(有色人種を指す侮蔑語)」を嫌悪していた。そして5年前にノルウェーで銃乱射事件(死者77人)を起こしたアンネシュ・ブレイビクを崇拝していた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

カナダ、G7サミットにインド招待 関係修復へ首相が

ビジネス

スターリンク、インドで衛星通信サービス提供へ認可取

ワールド

イスラエル軍、ガザ南部病院地下からハマスのガザトッ

ビジネス

世界の自動車産業は「深刻な過剰生産能力」に直面=中
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:韓国新大統領
特集:韓国新大統領
2025年6月10日号(6/ 3発売)

出直し大統領選を制する李在明。「政策なきポピュリスト」の多難な前途

メールマガジンのご登録はこちらから。
メールアドレス

ご登録は会員規約に同意するものと見なします。

人気ランキング
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラドールに涙
  • 4
    猫に育てられたピットブルが「完全に猫化」...ネット…
  • 5
    日本の女子を追い込む、自分は「太り過ぎ」という歪…
  • 6
    ウクライナが「真珠湾攻撃」決行!ロシア国内に運び…
  • 7
    ひとりで浴槽に...雷を怖れたハスキーが選んだ「安全…
  • 8
    ペットの居場所に服を置いたら「黄色い点々」がびっ…
  • 9
    50歳を過ぎた女は「全員おばあさん」?...これこそが…
  • 10
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中