最新記事

東日本大震災

<震災から5年・被災者は今(1)> 義母と補償金を親族に奪われて

2016年3月2日(水)16時30分
山田敏弘(ジャーナリスト)

hisai01-02.jpg

仮設住宅でひとりになった本田は今訴訟の準備をしている(2016年1月22日、撮影:郡山総一郎)

 5年前の3月11日、息子2人は仕事に出ており、自宅には本田と夫、そして義母がいた。大地震に襲われ、さらにその後の原発事故によって、家族は避難を余儀なくされた。避難直前に近距離に暮らす親戚たちが集まってきたため、親戚らと一緒に自宅を離れることになった。だが夫は牛を捨て置けないと自宅に残った。

 その日が自宅で暮らした最後となった。本田は当初いわき市の親戚宅に向かい、しばらく滞在したのちに、避難所だった二本松市の体育館に入った。

 夫も結局、行政の指導で浪江を離れ、別の避難所に入った。息子たちもそれぞれ別の避難所へ一時身を寄せた。家族は連絡を取り合いながらも、バラバラに数カ月を過ごし、そして2011年6月になって、やっと皆がそろって福島県内の仮設住宅に入居することになったのだった。

 本田は当時の心境をこう述懐する。「仮設でみんな一緒になったからよかったけど、これまでの生活を捨て、さすがにこれからどうして生きていけばいいのかと不安でした。いつまで仮設に住むのか、私たちはどこに向かっているのか、何も分からないんですから」

【参考記事】日本は世界一「夫が家事をしない」国

 本田は仮設住宅に入った当日のことを今でもはっきりと覚えている。家族そろって完成したばかりの仮設の一軒に荷物を運び、それから夫と2人で仮設住宅の敷地内をゆっくりと見て歩いた。そして部屋に戻ると、夫(当時57歳)はこう言った。「ここは俺の住むとこでない。他に行くところはないけど、ここには住みたくない。やっぱり浪江(自宅)に帰りたい」

 しかし自由に自宅に帰ることが許されなかった彼らにとって、当初、仮設住宅に入る以外の選択肢はなかった。そして予想通り、仮設住宅の生活は想像以上に過酷だった。長屋形式でプレハブ作りの仮設住宅は、玄関を入るとすぐに3畳ほどの狭いキッチン・ダイニングがある。そしてその奥には4畳半ほどの部屋が3つある。それ以外には、トイレとお風呂場がある簡素なつくりだ。

 本田がもっともストレスを感じたのは、仮設住宅の壁の薄さだ。「隣の家の会話も聞こえるほどで、こちらもかなり物音に気を使いながらの生活になった」。それまでの生活とは一変したのだから、神経をすり減らしたのも無理はない。

 加えて、「ホームシック」が本田を苦しめた。仮設住宅はアスファルトの上に置かれた灰色で無機的な建物で、どこを見てもアスファルトの地面が目に飛び込んでくる。昔の隣人たちとも連絡がつき、時々電話でやり取りをして情報交換するようになったが、そうなると自然に囲まれた自宅が余計に恋しくなった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

物価は再び安定、現在のインフレ率は需給反映せず=F

ワールド

ハセット氏のFRB議長候補指名、トランプ氏周辺から

ワールド

ゼレンスキー氏と米特使の会談、2日目終了 和平交渉

ビジネス

中国万科、償還延期拒否で18日に再び債権者会合 猶
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    アダルトコンテンツ制作の疑い...英女性がインドネシ…
  • 6
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    「職場での閲覧には注意」一糸まとわぬ姿で鼠蹊部(…
  • 9
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 10
    世界の武器ビジネスが過去最高に、日本は増・中国減─…
  • 1
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 2
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 5
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 6
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中