最新記事

台湾

「台湾は中国の島」という幻想を砕いた蔡英文の「血」

新総統を生み出したのは、中国離れと歴史的な台湾人意識

2016年1月22日(金)15時00分
楊海英(本誌コラムニスト)

圧倒的支持  総統選直前の先週、蔡英文候補の人形を手に応援した台湾人 Damir Sagolj-REUTERS

 民進党の候補、蔡英文(ツァイ・インウェン)が台湾・中華民国の総統に当選した。中華圏初の女性政治リーダーの誕生だ。

 男尊女卑という儒教文化の伝統が根強く残る中華世界における快挙だとか、民主化の産物だとか言われている。そうした諸要素も否定はできないが、私はむしろ台湾独自の歴史が蔡総統を生む力になったとみている。

 私は選挙期間中に2度、台湾に渡った。国民党候補を20ポイントも引き離す高支持率を維持してきた蔡を支える力はどこから来るのか。島を一周しながらさまざまな人たちに話を聞いた。

 蔡を背後から守っているのは「台湾人意識」だ。彼女は祖母が台湾の先住民、父親は客家(ハッカ)人で、もともと台湾に住んでいた本省人が陣営を固めていた。

 台湾の先住民は中国の少数民族と異なり、古代から中華文化とさほど関わりを持たない。台湾先住民の諸言語は南洋のオーストロネシア語族に属する。島の各地に残る新石器時代以降の遺跡からはポリネシアやインドネシア、フィリピンの諸民族と共通の出土品が発掘されている。

南洋系の先住民の国

 太古の時代に南洋の人々がカヌーをこいで北上してきた、というのが定説だ。南下した「中華民族が祖国に編入した島」ではない。客家など漢人の渡来の歴史は浅く、300~400年前のこと。台湾は何よりも南洋系の先住民の国なのだ。

 漢人は台湾で生活するようになっても、実質的に近代まで統治者になったことはない。17世紀にオランダ人が植民政府を設置し、スペイン人も進出を試みた。オランダ人を追い出した武将、鄭成功も漢人というよりも、日本人と明国人のハーフだ。

 鄭は台湾で中華的統治システムを確立しようとしたのではない。むしろ、故郷である九州の平戸から南洋への貿易路の打開をもくろんだ中継地の開拓とみたほうがいい。その意味で、西洋人から「美麗島(フォルモサ)」と称された台湾は、大航海時代にいち早く国際社会に加わった東アジアの国だ。中国と結び付けて語るのには、無理がある。

 その後、鄭家を破った満州人の清朝は台湾を「化外(未開)の地」と見なし統治に不熱心で、実効支配は島西部平地の漢人地域にしか及ばなかった。

 第二次大戦後、統治権は日本から国民党に移る。49年、国共内戦で中国共産党に追われた国民党は約250万人の難民を伴って台湾に渡ってきた。本省人からすれば、オランダ人とスペイン人、鄭成功と日本に次ぐ外来政権だ。外来者であっても寛大な心で受け入れるのが台湾人(先住民と客家などの本省人)の精神である。すべては世界情勢に従った、自然の潮流だと理解してきた。

台湾人を悲しませた国民党

 しかし、国民党政権はこれまでの征服者と異なって、強権的な政治を行う。47年春には「2・28事件」と呼ばれる大量虐殺を働き、87年まで40年間にわたって戒厳令を敷いた。国民党の政治的な手法は好敵手の中国共産党とさほど変わらなかったので、台湾人を徹底的に悲しませてしまった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

鉱物資源協定、ウクライナは米支援に国富削るとメドベ

ワールド

米、中国に関税交渉を打診 国営メディア報道

ワールド

英4月製造業PMI改定値は45.4、米関税懸念で輸

ビジネス

日銀、政策金利を現状維持:識者はこうみる
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中