最新記事

アメリカ社会

右と左が憎み合う狂気の合衆国

銃乱射事件で責任のなすりあい。真相そっちのけで戦いに明け暮れる保守とリベラルの病理

2015年12月21日(月)17時30分
カート・アイケンワルド(本誌シニアライター)

繰り返される悲劇 亀裂の深まるアメリカで銃乱射事件が頻発し、罪のない市民が犠牲に Mario Anzuoni- REUTERS

 先週カリフォルニア州南部サンバーナディーノの障害者支援施設で銃乱射事件が起きると、瞬く間にソーシャルメディアを埋め尽くした問いがあった。悪いのは、民主党か、共和党かという問いだ。

 事件で14人の命を奪ったのは、イスラム教徒の夫婦だった。保守派は、これがイスラム過激派のテロということになれば、オバマ政権と民主党がイスラム過激派との戦いに弱腰だったせいだと非難しようと、早くも手ぐすね引いていた。一方、リベラル派は、職場トラブルが原因だったとなれば、銃規制強化を阻んできた共和党を非難するつもりで満々だった。

 あまりに病んでいる。アメリカは、視野狭窄状態の2つの勢力に分裂し、それぞれが自らの政治的勝利だけを目指すようになった。痛ましい事件が起きたり、景気が落ち込んだりしても、対立勢力を非難するチャンスとしか考えない。社会に憎悪が蔓延し、国民の半分がもう半分のことを「異なる政治的思想を持つ人たち」とは考えず、「国を破壊しようともくろむ邪悪で精神を病んだファシストたち」と見なしている。

 銃乱射事件そのものと同じくらい恐ろしいことだ。アメリカが自国の抱える問題を一向に解決できないのは、意見の対立があるからではない。中東で争い続けるイスラム教のシーア派とスンニ派のように、互いに非合理な嫌悪を抱く2つの陣営に分裂しているからだ。

 ここには、丁寧な議論の余地はない。サンバーナディーノの事件では、被害者の氏名が特定され、証拠が示される前から、どちらの陣営の責任かが最大の論点になった。

 事件について現時点で分かっていることを見ておこう。まず、一般にテロリストは見知らぬ人を大量に殺害するものだが(不特定多数を狙ってこそ、社会に恐怖を植え付けられる)、サイード・ファルークは職場の同僚たちを殺した。典型的な職場トラブルの事件に見える。また、動機や背景が何であれ、夫婦で銃乱射事件を起こすのは極めて珍しい。ましてや夫婦には幼い子供がいた。

冷静な議論は生まれない

 テロは、政治的なメッセージを発するために実行される。報道によれば、夫婦がイスラム過激思想に影響されていたことは明らかだが、政治的なメッセージを発しようとした形跡はない。銃を乱射する前にアラーの名を叫んだり、自爆を試みたりすることはなく、現場に政治的な目的や動機を示唆する文書のたぐいも残していないという。

 ということは、イスラム過激派だったと思われる夫婦が、夫の職場トラブルにより銃を乱射したという、前代未聞の事件だったようにも見える(FBIは事件の2日後、テロと断定して捜査していると発表した)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

NZ、米社製ヘリとエアバス機を16億ドルで購入へ 

ビジネス

マクロスコープ:不動産売買規制、熱帯びる議論 東京

ワールド

米関税が成長の足かせ、インフレ見通し穏やか=インド

ワールド

中国、WTOに紛争協議要請 カナダの鉄鋼・アルミ関
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家のプールを占拠する「巨大な黒いシルエット」にネット戦慄
  • 2
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 3
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自然に近い」と開発企業
  • 4
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 5
    夏の終わりに襲い掛かる「8月病」...心理学のプロが…
  • 6
    広大な駐車場が一面、墓場に...ヨーロッパの山火事、…
  • 7
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 10
    習近平「失脚説」は本当なのか?──「2つのテスト」で…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 3
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 4
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 5
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 6
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 7
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 8
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 9
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 10
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中