最新記事

欧州

ヘイトスピーチを見逃すから極右が伸長する

扇動的な極右の存在を無視し続けた欧州各国の政界が、過激な主張にむしばまれ始めた

2015年12月18日(金)17時04分
H・A・ヘリヤー(中東・イスラム問題専門家)

伝染する過激主義 ノルウェー連続テロ事件の犯人で1度に77人を殺害したブレイビク(左)は反移民で極右思想の持ち主だった Jon-Are Berg-Jacobsen/Aftenposten via Scanpix-REUTERS

 米共和党の大統領候補選びで先頭を走るドナルド・トランプが、イスラム教徒のアメリカへの入国禁止を提唱した。またぞろ彼がとっぴな発言をしたものだと無視したい誘惑に駆られる。

 だがこういう排外主義のヘイトスピーチは、すぐに正面から向き合わないと本当に危険なものだ。そのことを今、ヨーロッパの人々が思い知らされている。

 欧州各国では過去10年間、メディアも政界も、極右の政治勢力の台頭をおおむね変則的な事象のように扱ってきた。所詮は社会の片隅に居続ける不適応者と見なしていたのだ。例えばイギリス国民党(BNP)、オーストリア自由党、ベルギーのフラームス・ベラングなどは、目障りではあるが無視していい存在にすぎないと思われていた。

 現実にはこれらの政党もじわじわと中央政界に進出している。少なくともその思想だけでも吸収されるようになってきた。

 彼らの主張は単純明快な誘引力を持つ。欧州文明に対する文化戦争という文脈だ。お決まりの脅威として、イスラム化された欧州という意味の「ユーラビア(ユーロ+アラビア)」という言葉が使われる。イスラム教徒に同調する勢力が欧州文明を滅ぼしてしまうというのだ。

 こうした問題は、2000年代初頭までは取るに足りないものとみられていた。主だった政党はわざわざ極右勢力を批判したり抑え込む必要性を感じなかった。保守派の政治家は極右との間に距離を置くことはあっても、ユーラビア論を論理立てて否定することなどなかった。

 極右勢力による外国人嫌悪には、道義的にも論理的にも欠陥があるのは明らか。にもかかわらずこれまで彼らを放置してきたが故に、害悪が拡大してしまった。

トランプが米政界を右へ

 11年にノルウェーで起きた連続テロ事件の犯人アンネシュ・ブレイビクは、まさにユーラビア化を恐れて犯行に及んだと語った。彼は欧州の極右論者だけでなく、(重要なことに)アメリカの保守強硬派の主張もよりどころにしていた。

 例えばロバート・スペンサーやパメラ・ゲラーといった、「地域社会間の暴力活動に至るような憎悪を助長しかねない」主張ゆえに、イギリスへの入国を禁じられている論客たちだ。

 過激主義というものは放っておくと定着して成長する。例えばフランスの極右政党、国民戦線が今月初めの地方選挙で躍進したのがいい例だ。その勝因には、主流派の各政党が国民戦線の根本的な主張を論破してこなかったという背景もある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

バイデン氏、ウクライナ支援法案に署名 数時間以内に

ビジネス

米耐久財コア受注、3月は0.2%増 第1四半期の設

ビジネス

独、24年成長率予想を若干上方修正 インフレ見通し

ビジネス

ドル34年ぶり155円台、介入警戒感極まる 日銀の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 2

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 3

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」の理由...関係者も見落とした「冷徹な市場のルール」

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 6

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 7

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    コロナ禍と東京五輪を挟んだ6年ぶりの訪問で、「新し…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 10

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中