最新記事

中南米

渡航自由化、キューバの本音

政府は出稼ぎ労働者の増加で外貨獲得を狙うが、50年以上続く海外渡航規制の緩和は「大脱出」の引き金になりかねない

2013年1月8日(火)17時37分
ニック・ミロフ(ジャーナリスト)

夢への出口 今月から海外への渡航が容易になる(昨年10月、ハバナの国際航空で) Desmond Boylan-Reuters

 キューバ国民は過去半世紀以上にわたり、悪名高い渡航規制のせいで出国と入国を大幅に制限されてきた。だがキューバ政府は先週、ついにこの規制を撤廃する方針を明らかにした。

 来年1月14日以降、キューバ国民はパスポートさえあれば、「渡航許可証」がなくても外国に行けるようになる。そのため新ルールが施行されれば、外国の大使館前にはビザの発給を求める国民が殺到するという見方が多い。

 だが実際には、そうならない可能性のほうが大きい。既に何年も前から、海外への渡航を希望する(そして十分な財力がある)キューバ人の圧倒的多数は、渡航許可証を取得してきた。

 外国への移住者もアメリカを中心に毎年3万人以上。そのうち7000人以上はアメリカ・メキシコ国境を突破したり、船でアメリカに上陸した不法入国者だが、いったんアメリカに入国したキューバ人は、1966年のキューバ難民地位調整法によって居住権を認められている。

 もっとも、渡航許可証を取得するための手続きは恐ろしく面倒だった。取得費用もひどく高額で、公務員の平均月収の8倍を上回る170ドル相当。しかも最終的に出国が許されるかどうかは、当局の意向次第だ。

 そのため渡航許可証は、悪夢のような共産主義体制の官僚主義と、個人の自由に対する非人間的な統制の象徴として、人々の憎悪の的になってきた。

 キューバの国家統制経済は、海外居住者が送金する外貨への依存をますます強めている。だがキューバからの出国が困難な現状は、彼らに帰国をためらわせる要因にもなっていた。

 ラウル・カストロ国家評議会議長は今回の措置を、膨れ上がった公務員の削減策の一部と見なしている可能性もある。キューバ政府は今後数年で数十万人の余剰人員を整理する計画だ。

 キューバ政府当局者は、渡航許可証の撤廃は国民の出入国を容易にすると同時に、海外居住者と祖国の関係を正常化するためのものだと説明する。キューバの安い生活費や無料の医療サービスといった利点を生かしながら海外で仕事するため、1年のうち一定期間は国内に住み続けたいと考える国民には特に歓迎されそうだ。

 キューバはこの法改正によって、多数の海外就労者の送金に頼っている他の中南米諸国にますます近づくことになる。出入国管理当局のナンバー2であるランベルト・フラガ大佐は、法改正発表後の記者会見でこう言った。「非常に大きな意味を持つ重大な決定だ。これからわが国がやろうとしているのは単なる化粧直しではない」

 一方、米国務省のビクトリア・ヌーランド報道官はこの措置を歓迎すると語り、キューバのビザ発給手続きにどんな影響が出るかを「詳細に分析中」だと述べた。

 渡航許可証の廃止は、ラウルが取り組むもっと広範な改革の一環だ。キューバは現在、若者を中心に国民の強い怒りを買ってきた個人の自由に対する制限の一部緩和を進めている。例えばラウルは過去数年間に、携帯電話の所有や観光客向けホテルへの宿泊、小規模な事業の立ち上げ、自宅と中古車の売買を解禁した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル北部の警報サイレンは誤作動、軍が発表

ワールド

イスファハン州内の核施設に被害なし=イラン国営テレ

ワールド

情報BOX:イランはどこまで核兵器製造に近づいたか

ビジネス

マイクロソフトのオープンAI出資、EUが競争法違反
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 3

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 4

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 5

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 6

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 7

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 8

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 9

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 10

    紅麴サプリ問題を「規制緩和」のせいにする大間違い.…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中