最新記事

ノーベル平和賞

EUにノーベル平和賞は笑えない冗談

ノーベル賞委員会が平和への貢献を称えたのとは裏腹に、現実のEUは分裂の危機で崩壊寸前

2012年10月15日(月)18時43分
ポール・エイムズ

怒り爆発 メルケル独首相がギリシャを訪れた際には、ナチスの旗を掲げたデモ隊が抗議活動を繰り広げた(10月9日) Yannis Behrakis-Reuters

「EU(欧州連合)が安定的に果たしてきた役割によって、ヨーロッパは戦争の大陸から平和の大陸に変わった」――先週、今年のノーベル平和賞をEUに授与することを発表したノルウェーのノーベル賞委員会は、高らかにうたい上げた。

 委員会はギリシャやスペインを始め、多くの加盟国が独裁国家や共産国家から民主国家へと変貌を遂げた歴史をたたえた。また、EUの中核を為すドイツとフランスが、かつては70年の間に3つの戦争を繰り広げた宿敵同士だったことにも触れた。「こうした歴史から分かるのは、正しい目的のために努力を続け、互いに信頼を積み重ねていけば、長年の宿敵でも緊密なパートナーになり得るということだ」と、委員会は指摘した。

 だが現実のEUは今、深刻な分断の危機に直面している。経済危機はEU加盟国の多くを不況に引きずり込み、ドイツ率いる裕福な北部諸国と、ギリシャやスペインのような借金漬けの南部諸国の間に深い亀裂を走らせた。

 各国政府が財政支援の条件をめぐって争うなか、北部諸国では南部諸国の「怠けっぷり」をあざけるのが常態化している。一方では、威圧的なドイツ人が苦境の周辺国に協力するのを嫌がる様子を描いた風刺画も出回っている。ドイツのアンゲラ・メルケル首相が先週ギリシャの首都アテネを訪問した際には、デモ隊がナチスの旗を掲げる始末だった。

各国で台頭する「反EU」政党

 ギリシャやフィンランド、オランダといった国々では、反EU、国家主義を掲げる極右政党が台頭している。ドイツの新聞各紙は、ギリシャをユーロ圏から追い出すべきだ、あるいはドイツ自らEUを脱退せよと主張する。イギリスではキャメロン首相率いる保守党内からも、EU離脱の是非について国民投票を行うべきとの声が上がっている。

 単一通貨ユーロに加盟しておらず、もともとユーロ圏構想に懐疑的なイギリス人にとっては、EUのノーベル賞受賞はいい笑いの種だ。「ノーベル賞委員会の決定は、エイプリルフールの冗談にしては遅過ぎる」と、イギリス出身の欧州議会議員マーティン・カラナンは皮肉った。

 財政支援と引き換えにEUから厳しい緊縮策を迫られているギリシャでは、市民の間で怒りさえ噴出している。首都アテネで最近失業したばかりの美容師クリストウラ・パナギオティディは、今回のノーベル平和賞は「私たちの今の状況を馬鹿にしているとしか思えない」と地元紙に語った。

From GlobalPost.com特約

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

FIFAがトランプ氏に「平和賞」、紛争解決の主張に

ワールド

EUとG7、ロ産原油の海上輸送禁止を検討 価格上限

ワールド

欧州「文明消滅の危機」、 EUは反民主的 トランプ

ワールド

米中が閣僚級電話会談、貿易戦争緩和への取り組み協議
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 2
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い国」はどこ?
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 5
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 6
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 7
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 8
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 9
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 10
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 1
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 2
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 7
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 8
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 9
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中