最新記事

軍事

ドイツ製戦車を買うサウジの物騒な思惑

民主化デモの鎮圧より街を破壊するのにふさわしい世界最高の地上兵器「レオパルト2」を買う狙いは何か

2011年8月17日(水)16時22分
マイケル・モラン

人権団体は騒然 サウジへの戦車売却を計画する独メルケル政権に抗議する市民(ベルリン、7月6日) Bob Strong-Reuters

 1943年、ナチス・ドイツのエルビン・ロンメル将軍率いる戦車部隊は、ヒトラーが喉から手が出るほど欲したアラブの油田に到達する前に力尽きた。そして今、再びドイツのメルケル首相がこの地にドイツの戦車を送り込もうとしている。だが今回、それを操縦するのはサウジアラビア兵だ。

 先日、ドイツ政府は主力戦車レオパルト2を200台、サウジアラビアに売却することを承認。ドイツ国内はもとより、世界中から非難を浴びた。サウジアラビアは3月に隣国バーレーンの民主化運動を軍事力で抑え込んだばかり。人権擁護団体はこの68トンの巨大戦車を国内の民主化デモ鎮圧に使用するのではないかと懸念している。

 人権を弾圧する国に戦車を販売するモラルよりも、さらに懸念を呼んでいるのが、世界最高の地上兵器とも言われるドイツ製戦車が、イスラエルの存在を認めないアラブの国に売却されるという事実だ。

 25億ドル相当の購入品目と中東各国の慎重な反応をみれば、サウジアラビアの目的が国内の暴動鎮圧だけでないことはおのずと分かる。レオパルト2の火力はデモ隊を鎮圧するより街を破壊するのに向いている。

 サウジアラビアが想定しているのは、イランの脅威だ。イランの戦車部隊は大規模で戦闘経験豊富。サウジアラビアは90年代にアメリカから購入したエイブラムス戦車を5年前に26億ドル掛けて改良した。イランの戦車は性能的に劣るロシア製や中国製などを採用しているものの、戦車部隊の規模はサウジアラビアの2倍近い。

 サウジアラビアがドイツの戦車を国内の弾圧に使用するのではないかということばかり懸念していると見落としてしまうことがある。それはサウジアラビアがこの取引に込めたアメリカへのメッセージだ。

 9.11同時多発テロ以降、既に悪化していた両国の関係は、今年起きた「アラブの春」以降、さらに冷え込んだ。アメリカ政府が昨冬、エジプトのムバラク大統領を見限ったことに憤るサウジアラビア国民は、国内で同様の事態が起きれば自分たちもアメリカから見捨てられるだろうと考えている。

 昨年、サウジアラビアはロシアに150台の戦車を注文した。今回さらにドイツから戦車を購入することで、アメリカを牽制しているのは間違いない。

GlobalPost.com特約

[2011年7月27日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、今後5年間で財政政策を強化=新華社

ワールド

インド・カシミール地方の警察署で爆発、9人死亡・2

ワールド

トランプ大統領、来週にもBBCを提訴 恣意的編集巡

ビジネス

訂正-カンザスシティー連銀総裁、12月FOMCでも
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 5
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 6
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 7
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 8
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 9
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 10
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中