最新記事

医療

「臨床治験天国」インドの闇

2011年6月21日(火)19時06分
ジェーソン・オーバードーフ

ビル・ゲイツの資金援助を得た団体も

 実際、倫理審査委員会が機能していないケースも多い。

 昨年には、子宮頸癌の原因となる性感染症ヒトパピローマウイルス(HPV)の新ワクチンの臨床治験中に、少女7人が死亡。サマと別のNGOジャン・スワシヤ・アビヤンが実態調査を行った結果、深刻な倫理規定違反の証拠が見つかった。

 本来臨床治験を行う際には、治験対象者かその親に試験の内容と目的を説明し、「インフォームド・コンセント」と呼ばれる同意書にサインをもらわなければならない。だが実際には「親と連絡がとれない」という口実で学校にサインをもらってもらうことも日常茶飯事だったという。

 一方で、治験の目的自体を理解していなかった親もいる。「政府から与えられるワクチンだから、疑いもなく信用した。他の予防接種と同じように考えていた」と、ある母親は語っている。

 ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団から資金提供を受けてこの治験を実施した、保険医療分野の援助団体PATHは、実施方法は間違っていなかったと主張する。「実施計画とインフォームド・コンセントの実施規定を決めるうえで、インドで2つ、アメリカで1つの倫理審査委員会の支持を受けた」と、代表のクリストファー・エリアスは声明で述べている。「実施上のすべての段階で、これらの規定が周知され、遵守されていたと自負している」

 後にインド政府が行った調査では、7人の死亡は「ワクチンとはおそらく無関係」と結論付けられた。さらに、NGOの実態調査で指摘された事実をほぼ全面的に認めながらも、倫理規定違反は「小さな瑕疵」だとしている。これは臨床治験の医療倫理として最も大切なインフォームド・コンセントを軽視する態度だ。

一線を越えるグローバル製薬企業

 一方、ムンバイを拠点とする「倫理と権利の研究センター」が行った調査では、グラクソ・スミスクラインやジョンソン・エンド・ジョンソン、アストラゼネカといった多国籍の巨大製薬会社が医療倫理の一線を越えているとの指摘があった。

 ジャーナリストのサンディヤ・スリニバサンと研究者のサチン・ニカルゲが実施した同調査によれば、乳癌や急性そう病、統合失調症の治療薬の治験において、製薬会社はどんな治験であろうと飛びつくぐらいに治療を必要としている患者を治験に使ったという。精神疾患の患者の場合は、治験の意味を理解していたかどうかさえ怪しい。

 アストラゼネカは彼らの質問に回答していないが、ジョンソン・エンド・ジョンソンはメールでこう回答した。「医師と研究者には、臨床治験を受ける患者に対して実施計画を説明し、どんな質問にも答えて、文書で同意を得るよう指示している。患者とその家族が同意する内容を理解できるよう、適切な注意をしている。われわれの治験は内外の検証に対してオープンで、適切な同意が得られない患者は治験対象にしていない」

 グラクソ・スミスクラインも、「国際的な臨床治験の実施計画では、要件を満たした患者だけを対象に、各国の標準的な医療が提供されるよう規定されている」とメールで答えている。

 しかし倫理と権利の研究センターの調査によれば、そう病や統合失調症の精神疾患患者は、新薬を与えられるチームと偽薬を与えられるチームに分けられた。おそらく従来の薬と新薬を比較するよりも、偽薬を使った方が結論が明確かつ迅速に出るからだろう。

 アストラゼネカのある新薬の臨床試験では、偽薬を使われていた統合失調症の患者1人が自殺した。ただしアストラゼネカ側は「治療に関連した自殺ではない」としている。

「監督機関は眠っている、というのが教訓だ」とジェサニは言う。「彼らは何もしていない」

GlobalPost.com特約

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米加州の2035年ガソリン車廃止計画、下院が環境当

ワールド

国連、資金難で大規模改革を検討 効率化へ機関統合な

ワールド

2回目の関税交渉「具体的に議論」、次回は5月中旬以

ビジネス

日経平均は続伸で寄り付く、米国の株高とハイテク好決
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 8
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 9
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 10
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中