最新記事
エネルギー

ドイツによみがえる「反原発」魂の正体

原子炉全廃に向けて突き進むエコ国家の猛烈な「原発アレルギー」の理由とは

2011年6月13日(月)10時45分
シュテファン・タイル(ベルリン支局)

国民性の表れ? ドイツでは80年代から反核運動が根強く行われてきた(ベルリン、2011年3月26日) Thomas Peter-Reuters

 世界で原子力発電への認識が揺らぐなか、あくまでも原発にノーと言い続ける国がある。ドイツだ。

 2002年、ドイツは「脱原発法」を制定。この法律に基づいて、21年までに国内の原子炉をすべて閉鎖することになっている。05年に就任したアンゲラ・メルケル首相も、この法律を廃止するつもりはないと約束している。「原子力発電は前世紀のテクノロジー」だと、ジグマル・ガブリエル環境相は言う。

 脱原発は容易な道ではない。現在ドイツは、総発電量の28%を原子力に依存している。原発を廃止すれば、最近強硬な姿勢を強めているロシアからのエネルギー輸入にますます依存せざるをえなくなる。

 ほかの国々では、環境保護派の間でも温室効果ガスを排出しない原子力発電に前向きな人が少なくない。テクノロジーの進歩によって、チェルノブイリのような炉心溶融事故の起きる危険性が大幅に減ったことも追い風になった。

原点は80年代の反核運動

 それでも、ドイツ国民の信念は揺るがない。「論理的な主張でも耳を貸してもらえない」と、原子力発電業界のロビイスト、クリスチャン・ウォズマンは言う。

 かつてこの国が原子力先進国だったのが嘘のようだ。ドイツ政府は、原子力研究への助成金の拠出をほぼ停止。エレクトロニクス大手のシーメンスの原子力部門は、フランスのアレバ社の傘下に移管された。130億ドルを投じて建設される国際熱核融合実験炉(ITER)は、プロジェクト発祥の国であるドイツではなく、フランスにつくられることになった。

 なぜ、それほどまで反原発感情が強いのか。40〜50代のドイツ人の多くにとって、80年代の反核デモはいわば大人への通過儀礼だった。ヨーロッパ最強の環境政党であるドイツの「緑の党」の結党の土台になったのも、反核運動だった。その緑の党に票をごっそり奪われた社会民主党(SPD)も、かなり前から原発廃止を主張している。

環境汚染へのすさまじい恐怖心

 ドイツ世論調査研究所の最近の調査によれば、今や国民の62%が脱原発法の存続ないし強化を望んでいる。保守政党のキリスト教民主同盟(CDU)も、原発業界寄りの姿勢を修正しはじめた。

 環境保護意識の強いほかのヨーロッパの国と比べても、ドイツの原発嫌いは際立っている。スイスは、原発建設の凍結措置を国民投票で否決。ベルギーとスウェーデンは、ドイツ型の原発廃止法を見直しはじめている。

 80年代に騒がれた「森林の死」に始まり、最近の電磁波やマイクロダスト(非常に細かいちり)にいたるまで、環境汚染による健康被害に強い恐怖をいだくのは、ドイツの国民性なのかもしれない。心理学者によれば、とくに若い世代には、環境汚染を恐れるあまり、片頭痛や鬱症状に襲われる人も少なくないという。

 すさまじい恐怖心。ドイツの原発業界にとって、巻き返しは容易ではない。

[2007年1月 3日号掲載]

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米9月PPI、前年比2.7%上昇 エネルギー商品高

ビジネス

米9月小売売上高0.2%増、予想下回る EV駆け込

ワールド

欧州司法裁、同性婚の域内承認命じる ポーランドを批

ワールド

存立危機事態巡る高市首相発言、従来の政府見解維持=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    使っていたら変更を! 「使用頻度の高いパスワード」…
  • 10
    トランプの脅威から祖国を守るため、「環境派」の顔…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 8
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中