最新記事

欧州

八百長サッカーに自浄力なしのFIFA

日韓W杯でイタリアを敗退させたあの審判が逮捕。サッカーの体質改善にはビデオ判定導入しかないのだが

2010年10月20日(水)17時43分
マーク・スター(スポーツジャーナリスト)

世紀の誤審 トッティ(左から2番目)を退場させた判定は後にFIFAも誤審と認めた Desmond Boylan-Reuters

 身の回りの犯罪など日常茶飯事のはずのイタリア人が、たった1人のエクアドル人の逮捕のニュースに熱狂している。彼は9月、ニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港にヘロイン入りの袋10個を隠し持って到着したところを逮捕された。

 男の名はバイロン・モレノ。母国エクアドルではそれほど有名人でないが、イタリア人には忘れられない名だ。

 モレノは02年の日韓サッカーワールドカップ(W杯)のイタリア対韓国戦で主審を務めた人物。イタリアの明らかなゴールを認めず、スター選手フランチェスコ・トッティがシュミレーション(ニセの転倒)したとして2枚目のイエローカードを出して退場させた。こうした判定にも助けられた韓国は、イタリアを下して準々決勝に駒を進めた。

 イタリア人でなくとも、麻薬を運んで逮捕されたこの元審判が買収に弱く、W杯史上に残る大番狂わせに一役買った――と考えたくなるだろう。

 FIFA(国際サッカー連盟)はモレノのジャッジに規約違反はなかったと結論付けたが(のちにFIFAは誤審だったと認定)、彼は韓国での茶番劇の後は主要な試合で審判を務めていない。審判としてのキャリアは翌年の03年、別の買収容疑によって終わりを告げた。02年に行われたエクアドル国内の試合で、一方のチームが逆転するまで12分間という前代未聞の長さのロスタイムを取ったのだ。

 イタリア人はサッカーにおける買収の噂には慣れっこだ。かつては世界の憧れの的だった国内1部リーグ、セリエAでも同様のスキャンダルを経験している。高い人気こそがサッカーを透明で健全なスポーツにすると言う人もいるが、その後のイタリアを見る限りそうでもなさそうだ。

政治家や聖職者並みの腐敗度

 スキャンダルはイタリアでサッカー人気が衰え、観客動員数が激減した原因の1つにすぎない。イタリア人は今や、このスポーツに自国の政治家や聖職者と同じくらい懐疑的な目を向けている。昨シーズンの欧州チャンピオンズリーグではセリエAのインテル・ミランが優勝した。それでもかつては世界最高峰だったセリエAの試合のレベルは明らかに落ちている。

 サッカーにまつわる買収の噂があるのはイタリアだけではない。ドイツでは去年、欧州各国の複数のチームとスタッフに対する八百長疑惑の捜査が行われた。中国では地元の賭博組織が巨大な影響力を振るっていると言われる。南米は言うに及ばずだ。

 それでもFIFAは最新技術の導入を拒んでいる。ビデオ判定は買収を撲滅する最高の武器であるにもかかわらず、FIFAは論点を伝統の維持という問題にすりかえている。

 誰もが予想しなかったほど、現代サッカーは莫大なカネを生み出す存在になった。八百長だけではない。チャンピオンズリーグのような大会や各国のプロリーグで勝ち進めば、チームや選手は膨大な報酬を手にすることになる。イギリスのプレミアリーグに昇格したチームには、通常の収入以外に年1億ドルが支払われるという。

 それなのに、サッカーほどグラウンドの面積やプレイヤーの人数あたりの審判の人数が少ないスポーツはない。その意味では、彼らが常に正しい判断を下すことができないのも納得できる。だが、なぜ彼らがこれほど重要な問題に目を向けないのかは理解できない。

ファンに性善説を押し付けるな

 さらにサッカーほど試合で審判に強大な権力が預けられるスポーツもない。そのうえサッカーでは重要な試合になるほどロースコアになることが多く、1つのゴールが試合を決する。ホイッスルを吹くか吹かないか、その1回の決断が試合を決める。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン、イスラエルへの報復ないと示唆 戦火の拡大回

ワールド

「イスラエルとの関連証明されず」とイラン外相、19

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、5週間ぶりに増加=ベー

ビジネス

日銀の利上げ、慎重に進めるべき=IMF日本担当
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 3

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 4

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 5

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    ネット時代の子供の間で広がっている「ポップコーン…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中