最新記事

核開発

イラン制裁で中国に翻弄されるアメリカ

米政府は忘れているようだが、現実主義の立場から見れば中国が本当に「イエス」と言うはずはない

2010年4月14日(水)18時14分
スティーブン・ウォルト(ハーバード大学ケネディ行政大学院教授=国際関係論)

胡錦濤の腹は 13日、核安全保障サミットで。オバマ米大統領は閉会後、中国の同意取り付けに自信を表明したが Jason Reed-Reuters

 ニューヨーク・タイムズ紙などが報じたところによると、核開発を進めるイランへの経済制裁強化を求めるアメリカに対し、中国が同調する用意があるという。ニューヨーク・タイムズの記事には「イラン制裁について中国が対米協力を約束」という見出しがついているが、中身はちょっと違う。

 同紙によれば4月12日、中国の胡錦濤(フー・チンタオ)国家主席が新たなイラン制裁のための「交渉に参加する」ことに同意した。一方で記事は、追加制裁を遅らせたり骨抜きにするために交渉を利用する、という中国にお決まりのパターンも指摘。特に、ジョージ・W・ブッシュ前大統領がイランへの制裁強化をめぐり「中国の同意を取り付けよう」と努力したことが3回あったが、いずれも中国が交渉に参加したことで制裁決議が「骨抜き」にされたことに触れている。

イラン経済に多額の投資

 中国の態度は当然のものだろう。イランに深刻な影響を与える経済制裁に乗り気でない理由が山ほどあるからだ。まず、中国はイランの石油・ガスに対する権益を確保し、イランに投資する道を残しておきたい。中国にとってイランは今や第2位の石油・ガス輸入相手国で(中国の消費量の15%を供給)、イランにとって中国は第2位の輸出相手国だ。中国はイランに多額の投資もしている。将来的に中国の石油需要が高まるのは必至だから、中国政府が対イラン関係を悪化させるとは考えられない。

 第二に、イランの核問題に対して中国が楽観的であることが挙げられる。核開発について、中国はより現実的な考えを持っているからだ。

 中国の指導者たちは、64年に中国自身が核実験を行ったとき、地政学的に大した影響力が得られなかったことをよくわかっている。核保有国になっても台湾やベトナム、朝鮮半島やその他の場所で支配権を得たり、脅威的存在になることはなかったと自覚している。

 中国の台頭はわずかな核兵器を持つことではなく、経済発展をすることでもたらされた。イランの核にも同じことが当てはまるというのが中国政府の考えだ。だから中国は、イランが核兵器開発を断念することを望みながらも、最悪の場合に備えて多大な代償を払うつもりなど毛頭ない。

アメリカの苦戦は蜜の味

 しかもアメリカとイランの関係が(爆発しないまでも)くすぶり続ければ、長い目で見て中国の利益になる。中東や中央アジアとの関係でアメリカが苦戦すれば、中国は戦略的に大きな恩恵を受ける。アメリカがイラクやアフガニスタンに何兆ドルも費やしながら、同時にイランと対立し続けるのを見て、中国がほくそ笑んでいるのは間違いない。

 結局、アメリカがイランに時間とカネと精力と政治力を費やせば費やすほど、中国の長期的な野望に対処できなくなってしまう。アジアにおける影響力を確立し、アメリカに取って代わろうとする野望だ。

 アメリカとイランの関係悪化は、外交や投資面で中国に大きなチャンスを与える。中国が最も望まないことが、イラン核問題の迅速な解決だ。それでアメリカとイランの緊張緩和の道が開かれれば、中国の影響力は縮小し、アメリカがこれまで見ていなかった地域に目を向けるようになるからだ。

 とはいえ中国も、ペルシャ湾岸で戦争が勃発する事態は避けたい。石油価格が(少なくとも一時的に)上昇し、世界経済が再び不況に陥り、そのほか予想外の結果がもたらされる恐れがあるからだ。

 だから中国は、アメリカと同盟国が対イラン経済制裁をめぐってゆっくり議論を続けることを願っている。イランとの対立は続いてほしいが、武力行使は実現してほしくないからだ。

 中国にとって最善の戦略はのろのろと時間を稼ぐこと。つまり、制裁強化に反対しないまでも、決して「イエス」と言わないことだ。中国はいずれ何らかの追加制裁に合意するだろう(イランの輸出が途絶えた場合、中国への石油供給を何らかの形で保証すると、アメリカがなりふり構わず約束してからかもしれないが)。

 だがイランのウラン濃縮活動を断念させるほどの厳しい内容にはならないだろう。議論は続き、アメリカの指導者はそれに多くの時間と労力を費やし、中国は長期的な利益を伸ばし続ける。

 残念ながらそれが現実主義の初歩というもの。アメリカ政府がそれを忘れているようなのが残念だ。

Reprinted with permission from Stephen M Walt's blog14/04/2010. ©2010 by Washingtonpost.Newsweek Interactive, LLC.

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=大幅安、雇用統計・エヌビディア決算を

ビジネス

NY外為市場=ドル対ユーロ・円で上昇、経済指標の発

ワールド

トランプ氏、医療費削減に関する発表へ 数日から数週

ワールド

再送EU、ウクライナ支援で3案提示 欧州委員長「組
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 7
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 8
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 9
    経営・管理ビザの値上げで、中国人の「日本夢」が消…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 10
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中