最新記事

米保守派

マスターベーション反対運動の嘘

2010年10月8日(金)17時22分
シャロン・ベグリー(サイエンス担当)

2)マスターベーションはある種の宣伝かもしれない。交尾する可能性のあるメスやライバルのオスに対し、自分の生殖能力を見せ付けるのが目的だという捉え方もある。「精子の量が多く、多少は無駄にしても差し支えないことを示している」と、ウォーターマンは言う。

 その結果、多くの交尾と出産、ひいては多くの家族がもたらされる。ただし、この宣伝的な役割は人間のマスターベーションには当てはまらない(と、心から願う)。

リスを2000時間観察してわかった

3)マスターベーションは、いわば「ウイニングラン」的な行為の可能性もある。動物は、交尾の後にマスターベーションを行う場合がある。それを見た同じ集団のメンバーは、そのオスがすでに誰かの交尾の相手になったことを認識する。オスを物色中のメスの中には、「彼女にとって満足な相手だったなら......」と、同じオスを相手に選ぶ者も出てくる。

 それが結果的には、より多くの交尾と出産へとつながる。

4)衛生的な役割を果たしているとの見方もある。オスがマスターベーションを行うのは、別のオスと交尾したメスと交わることで、性感染症にかかるリスクを軽減するのが目的だという。性感染症が減れば、より衛生的な生殖活動が営まれ、ひいてはより多くの交尾と出産が実現する。

 ウォーターマンはナミビアに生息するケープアラゲジリスを2000時間近く観察した結果、マスターベーションに性感染症を防ぐという機能があるとの結論に達した。「オスが頭を低く下げて座った格好で、勃起した自分のペニスをくわえ、口と前足の両方で刺激を加えるマスターベーションを確認した。腰を前後に激しく動かし、最後は射精とともに絶頂に達したことが見て取れた」と、彼女の論文には記されている。

 こうした行為はメスの繁殖力が強まる時期に増加し、多くは交尾の後に行われていた。一見すると、受精する絶好の時期に、膨大な数の精子を無駄にする奇妙な行為に思えるだろう。さらに奇妙なのは、相手のメスに自分以外の相手がたくさんいる場合に、オスのマスターベーションは増えるという(ある種類のリスのメスは、3時間しかない繁殖期間に最大10匹のオスと交尾する)。

 これは、感染症のリスクを軽減する手段だと考えれば納得がいく。唾液には抗菌作用がある。繁殖能力を奪う性感染症を防ぎ、生殖器を清潔に保つことでオスは子供を作り続けられるわけだ。

むしろ女性のほうが「快楽のため」

 ではメスはどうか。野生動物のメスのマスターベーションを観察した例はオスよりはるかに少ない。

 とはいえ、一般的に女性がこうした行為にふける理由としてあげられている説は間違いだ。性行為の最中もしくは直後にオルガスムに達すると、卵子を目指す精子の動きが促進されると言われる。

 しかし科学界は02年に次のような逆の見解を示した。「膣や子宮の収縮は精子の素早い移動を後押しして、受精を手助けすると誤解されてきた。だがそうした急な移動は正常な着床を妨げる」ため、受胎にはつながらないという。霊長類の研究者たちは、メスの場合はむしろ「楽しい感覚を得る」のが目的だと結論付ける。

 結局、多くの動物にとってマスターベーションは(少なくともオスについては)、生殖と家族の形成のために不可欠なものだ。オドネルの非科学的な見解が広まれば、人々の子作りに悪影響を及ぼし、保守派が掲げる「家族の価値」まで脅かしかねない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

午後3時のドルは一時154.89円まで上昇、34年

ワールド

印インフレにリスク、極端な気象現象と地政学的緊張で

ワールド

タイ中銀、経済成長率加速を予想 不透明感にも言及=

ワールド

共和予備選、撤退のヘイリー氏が2割得票 ペンシルベ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 4

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 5

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 6

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 7

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 8

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中