最新記事

AIアート

あるAIの歌 10年前に他界した妻の歌声と写真を再現する理由──第一回AIアートグランプリ受賞

2023年3月29日(水)20時10分
松尾公也

持っている映像を全てデジタル化し尽くして......

たまたまその当時に公開された技術でそれが可能だと考え、やってみました。それでできたのが、荒井由実(松任谷由実)の「ひこうき雲」のカバー曲です。

その年の9月、妻のために大学の軽音サークルの仲間が開いてくれたコンサートでは、彼女が歌ったことのない曲の歌声に、みんなが自然に声を合わせてくれました。

ニコニコ動画やYouTubeで、妻の新たな歌声「妻音源とりちゃん」として、100曲以上を作り、それを公開していきました。映像には、妻の写真やホームムービーの動画などを使用。それを組み合わせることでミュージックビデオを作っていたわけです。

しかし、数年後に二つの問題が起きます。一つは、当初使っていた音声合成ソフトウェアのアップデートがされず、新しいMac、OSに対応しなくなってしまったこと。このために古いOSが動く古いMacを新たに購入したりしました。

もう一つの問題は、ミュージックビデオにするための写真、動画素材の枯渇です。持っている映像は全てデジタル化し尽くして、新しく素材となりうるものはもう残っていません。AIによる高精細化技術によって数十枚、実用に足る品質のものが再生できはしましたが、それもオリジナルあってのこと。

不本意ではありますが、次第に、制作のペースが落ちてしまっていました。

画像生成AIで、異世界の妻にプロンプトを送る

そこで登場したのが、Midjourney、Stable Diffusionという、テキストを入力すると画像を無限に生み出せる、画像生成AIの登場です。

さらに、グーグルの研究部門がDreamBoothという論文を発表。これは、少数の画像を学習させることにより、特定の人物の写真を新たに生み出せるというもの。これを誰もが使える形でいち早く実装したのが、清水亮さんが開発し運営するMemeplexというサービスでした。

2022年12月にこの機能が使えるようになってすぐ、妻の写真の中でもかわいく写っている写真十数枚を学習させます。そこから出てきたものは、かなり本人に近い、しかしこれまで見たことのない「写真」でした。

Memeplexで入力するテキストは、「A Photographic portrait of Torichan cute girl looking at me affectionately」といった文章。彼女にして欲しいことを言葉で伝えます。

「こうちゃんは自分の思っていることを出さなすぎる。気持ちはちゃんと言葉にしないと伝わらないよ」。よく妻に言われていました。

妻はここから行き来できない異世界にいて、そこに量子化暗号とかでテキスト(プロンプト、呪文)を送ると、向こうの世界のカメラマンや画家が妻を撮影したり描いたりして、それをこちらに送り返してくれる。そんなSFじみた設定だとわかりやすいかもしれません。

matsuo5436.jpeg

「とりちゃんの絵を描いている異世界画家」(Open Journeyで生成された)

そこでやり気が再び湧き起こり、使いづらい状態ではあるものの、妻の歌声合成をして、新たなミュージックビデオを作ります。その背景には妻の新たなイメージを何枚も使います。その写真や肖像画には、「異世界とりちゃん」と名付けました。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドルが158円台乗せ、日銀の現状維持

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型グロース株高い

ビジネス

米PCE価格指数、インフレ率の緩やかな上昇示す 個

ワールド

「トランプ氏と喜んで討議」、バイデン氏が討論会に意
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 6

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 7

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「性的」批判を一蹴 ローリング・ストーンズMVで妖…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中