最新記事
映画

「最後」の意味を最後まで引っ張る、父と娘の「切ない感動のラスト」

The Best Final Ever

2023年5月25日(木)20時45分
サム・アダムズ(スレート誌映画担当)
『アフターサン』

ソフィ(左)は思い出を振り返り、初めて当時の父(右)の思いを知る ©TURKISH RIVIERA RUN CLUB LIMITED, BRITISH BROADCASTING CORPORATION, THE BRITISH FILM INSTITUTE & TANGO 2022

<大人になった娘が父との「最後」を振り返り、その思いに打ちのめされる...。映画『アフターサン』が描き出す、3つの世界について>

あなたが父親を最後に見たのはいつ?

この質問の意味するところは状況次第で真逆になり得る。「さっき買い物に出かけたよ」とか「電話してみようか」と応じれば済む場合もある。しかし「どれくらいたつの?

まだ胸が痛む?」という微妙な問いの可能性もある。違いは「最後に」という語のニュアンス。「直近」なのか「最終」なのか、そこが問題だ。

シャーロット・ウェルズ監督の長編デビュー作『アフターサン』は、彼女が父親を最後に見たときの話らしいが、監督はこの「最後に」の意味をあえて明かさずに最後まで引っ張る。

舞台はトルコの地中海沿岸にあるリゾート地、時は1990年代の後半か。11歳のソフィ(新人のフランキー・コリオ)と父カラム(ポール・メスカル、本作でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされた)は楽しくも切ない休暇を過ごしている。

カラムはソフィの母と別れたばかり。もう会えなくなるから娘に素敵な思い出を残してやりたいが、お金はないし、気分は病的なまでに沈んでいる。

監督は映画関連サイトへの寄稿で、大半の映画はパーソナルなものだが『アフターサン』は「大半の映画以上に」パーソナルだと認めている。実際、その寄稿に添えられた幼い日の監督と父親の写真は、主演のコリオとメスカルに不気味なほど似ている。

そんな補足がなくても、『アフターサン』には記憶をたぐり、選別し、並べ替えた痕跡が色濃く残っている。

冒頭のクレジットにかぶせて最初に聞こえてくるのは、ビデオカメラにカセットテープを入れる音だ。その後、カメラを持っているらしい少女時代のソフィと、31歳の誕生日を迎える父親との会話が聞こえてくる。たわいのないやりとりの後、ソフィは父親にインタビューを始める。

「11歳の頃、将来は何をしていると思っていた?」

昔の日々を思い返して

この短い前置きの終わりに起きる出来事を、見逃してしまう人は多いかもしれない。あるいは気付いたとしても、映画が終わる頃にはそれを忘れてしまっているかもしれない。

だがこの前置きは物語の組み立てや、とりわけ筆者の知る限りで最も心に響くエンディングを理解する上で欠かせない重要なものだ。

ビジネス
「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野紗季子が明かす「愛されるブランド」の作り方
あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、グリーンランド特使にルイジアナ州知事を

ビジネス

午前の日経平均は大幅続伸、5万円回復 AI株高が押

ワールド

韓国大統領府、再び青瓦台に 週内に移転完了

ビジネス

仏が次世代空母建造へ、シャルル・ドゴール後継 38
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 5
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 6
    米空軍、嘉手納基地からロシア極東と朝鮮半島に特殊…
  • 7
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 8
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 9
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中