最新記事
映画

「おまえは俳優じゃない。ただの映画スターだ!」──「本当のニコラス・ケイジ」を探し求める、本人主演作とは?

Nicolas Cage in Search of Self

2023年3月31日(金)15時00分
デーナ・スティーブンズ(映画評論家)

230404p60_MST_02.jpg

意欲作『アダプテーション』でケイジは双子の脚本家に扮した JERRY WATSONーCAMERA PRESS/AFLO

思い出すのはあの名作

91年に雑誌に発表したビート文学風の旅日記で、ケイジは「アシッド(LSD)をやってアコーディオンを弾く(俳優の)ボブ・デンバー」になりたいとつづった。『マッシブ・タレント』は、そうしたシュールな願望をめぐる最新の試みだ。

キャリア低迷中のニックは大金と引き換えに、自分の熱狂的ファンであるスペインの大富豪ハビ(ペドロ・パスカル)の誕生日パーティーに出席するためマヨルカ島を訪れる。複数のアイデンティティーという概念を追求するケイジにとって格好の設定だ。だが、その後の展開はずば抜けて独創的でも風変わりでもない。

本作が最も光るのは、友情コメディーとしての側面だ。当初はハビを嫌がっていたニックだが、ドイツ表現主義の無声映画の傑作『カリガリ博士』への愛情(ケイジ本人も同作のファンだ)とアシッド体験を分かち合い、2人はやがて親友になる。

ハビを国際犯罪組織の黒幕と疑うCIAの動きが絡むなか、超特権階級の変わり者2人が言い争い、絆を結ぶ姿を見るのは楽しい。ただし、物語の3分の2が過ぎたあたりで突然スリラーに転じるのは、こじつけ感が拭えない。

軽量級でも好感の持てる作品だが、個人的に最もがっかりしたのは「もう1人の自分」という着想の奥へ踏み込まなかったことだ。

ひねりの効いた自己言及性という点で、チャーリー・カウフマンが脚本を手がけた『アダプテーション』にかなう作品はない。ジャンルが拮抗する入れ子構造の同作と比べると、『マッシブ・タレント』は勇気に欠けるようだ。

カウフマン本人を思わせる双子の脚本家をケイジが1人2役で演じた『アダプテーション』の役どころには、より大きな目的があった。双子のチャーリーとドナルドの対立は、映画の2つの在り方の戦いを具現化していた。

すなわち大作映画と内省的な独立系作品、華やかな映画スターとプライバシー重視で『カリガリ博士』を愛する変わり者、そして、いくつもの顔を持つケイジとケイジの戦いだ。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

小泉防衛相、中国軍のレーダー照射を説明 豪国防相「

ワールド

米安保戦略、ロシアを「直接的な脅威」とせず クレム

ワールド

中国海軍、日本の主張は「事実と矛盾」 レーダー照射

ワールド

豪国防相と東シナ海や南シナ海について深刻な懸念共有
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 2
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    『ブレイキング・バッド』のスピンオフ映画『エルカ…
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 10
    ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パート…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中