たった13坪で1300冊を売る町の書店──元シンクロ日本代表と恩師・井村雅代コーチの物語

2025年6月13日(金)15時21分
川内 イオ (フリーライター) *PRESIDENT Onlineからの転載

惚れた本を、責任をもって売り切る

「イベント後に、年配の女性の方から『なにかが足らん』とか『山崎豊子さんみたいな作品を書く人がいい』と言われたんです。でも藤岡さんは本当にステキな方だし、作品もすごく面白い。だから私は、いやいや、この人はこれからいろんなことを吸収して、素晴らしい作家になるはずやって思ったんです」

この回以降、「作家と読者の集い」は、二村さんが「たくさんの人に伝えたい!」と感じた本の著者を呼ぶ会になった。今風に言えば、「本」の推し活だが、その熱量は凄まじい。


「100冊仕入れて、売れませんでしたと100冊返す本屋さんもあります。でも、私は本をそういう風に扱いたくないんです。自分が惚れ込んだ本は、自分が責任を持って仕入れて売り切る、それが約束やと思うんですよ」

伝播する「マグマ」の熱

隆祥館書店で600冊超を売った佐々涼子さんの『エンド・オブ・ライフ』。2020年2月に出版されたこの本を読み終えた瞬間、二村さんはすぐ本人に連絡した。

数えきれないほどの付箋が貼られた二村さんの『エンド・オブ・ライフ』 筆者撮影

数えきれないほどの付箋が貼られた二村さんの『エンド・オブ・ライフ』 筆者撮影

「もう泣きながら読んで、うわ、これは多くの人に伝えなあかんと。佐々さんとはTwitter(現X)でつながってたから、読むやいなや、ぜひイベントをやらせてくださいってメッセージを送りました」

コロナ禍だったこともあり、「作家と読者の集い」は2020年8月にオンラインで開催された。それまでの間に、二村さんは店頭でこの本を300冊以上売っていた。

「あるお客さんにお勧めしたら、タイトルを見て『暗い本ちゃいますの。悲しい本は読みたくない』って言いはるんですよ。それで私は『いや、違うんです。これね』って自分も泣きそうになりながら亡くなる前に家族でディズニーランドに行くお母さんの話をしました。そうしたら、『ちょっと読んでみるわ』って言ってくれはって」

溢れ出した「マグマ」の熱は、伝播する。二村さんは2020年9月、ドキュメンタリー番組『セブンルール』に出演した。その番組のなかで『エンド・オブ・ライフ』を勧めている映像が流れると、発売から半年以上が経ち、動きが止まっていた書店の在庫が一気に売れ始め、重版がかかったそうだ。

「セブンルール」では、コロナ禍でお客さんが遠のき、激減した売り上げをカバーしようと始めた「1万円選書」の話もした。全国から希望者を募り、記入してもらったカルテをもとに二村さんが1万円分の書籍を選んで送るという取り組みだ。

番組の反響は大きく、約600人から応募があった。その際、未曽有のコロナ禍にあって「読むと生きる力をくれる本だから」と多くの人に届けたのが、藤岡陽子さんの『満天のゴール』だった。

自分が惚れ込んだ本は、責任を持って仕入れて売り切る 筆者撮影

自分が惚れ込んだ本は、責任を持って仕入れて売り切る 筆者撮影

加速度的に減り続ける客数

現在、1日の平均客数は40人から50人。二村さんも「本当に厳しい」と眉根を寄せる落ち込みだ。それでも経営が成り立つのは、客単価が上がっているから。

「私が働き始めたばかりの1995年には、1日平均400人のお客さんが来ていました。でも、客単価は800円ぐらい。それが今は2000円ぐらいなので、なんとか持ちこたえています。だからもっと本の良さを伝えなきゃと思って、イベントを頑張っています」

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アングル:値上げ続きの高級ブランド、トランプ関税で

ワールド

訂正:トランプ氏、「適切な海域」に原潜2隻配備を命

ビジネス

トランプ氏、雇用統計「不正操作」と主張 労働省統計

ビジネス

労働市場巡る懸念が利下げ支持の理由、FRB高官2人
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 3
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿がSNSで話題に、母親は嫌がる娘を「無視」して強行
  • 4
    カムチャツカも東日本もスマトラ島沖も──史上最大級…
  • 5
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 6
    オーランド・ブルームの「血液浄化」報告が物議...マ…
  • 7
    【クイズ】2010~20年にかけて、キリスト教徒が「多…
  • 8
    これはセクハラか、メンタルヘルス問題か?...米ヒー…
  • 9
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 10
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 8
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 9
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 10
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 3
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 7
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 10
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中