最新記事

電子書籍端末

iPadがキンドルを葬れなかった理由

万能iPadの登場で一巻の終わりのはずだったアマゾンの地味な端末が、逆に存在感を増している

2010年8月25日(水)15時09分
ダニエル・ライオンズ(テクノロジー担当)

 ネット小売り大手アマゾン・ドットコムの電子ブックリーダー、キンドルは素晴らしい製品だが、私も含め多くの人は、アップルのタブレット型パソコン、iPadが発売されれば、キンドルは一巻の終わりだろうと考えていた。iPadの発表会場で、私はピカピカのiPadと自分の古いキンドルを並べて写真を撮った。キンドルはまるで映画スターの隣に並んだ一般人のようだった。

 実際はどうだろう。iPadは発売後3カ月で330万台を売る大ヒットになったが、アマゾンによれば、小さなキンドルも健闘しているという。アマゾンは販売データを公表しないが、IT業界の調査会社フォレスター・リサーチの推定では、今年のキンドルの販売台数は国内で350万台に達し、10年末までの累計販売台数は600万台に達するという。

 iPadの発売後、キンドルの売れ行きはむしろ良くなったと、アマゾン側は主張する。その理由の1つは、259ドルから189ドルへの大幅値下げ。おかげでキンドルの売り上げの伸びは3倍になったという。「人々は、われわれが完璧な読書体験の創造に焦点を当てているのを見て、好感を持ってくれたのではないか」と、アマゾンでキンドル事業を担当するスティーブン・ケッセルは言う。

 iPadを使えば多くのことができるかもしれないが、何時間も本を読むための端末としてはベストの選択肢ではないと、人々は気付いたのではないかとケッセルは言う。まず重過ぎる。約280グラムのキンドルに対し、iPadは約680グラムもある。キンドルはペーパーバックのように片手で持てるが、iPadではそうはいかない。ケッセルが言うように「両者はかなり違った製品」なのだ。

 iPadの明るい液晶画面で本を読むと、キンドルの「電子ペーパー」で本を読むより目が疲れやすいのも問題だ。日なたで読むにも、キンドルのほうが適している。またキンドルの場合、無線機能をオフにしておけば1回の充電で最長2週間は電池が持つ。iPadはたった10時間だ。

勢いづく電子書籍販売

 読書家たちも気付き始めている。6月にアマゾンでは、キンドル向けの電子書籍の販売部数がハードカバーの本の1.8倍に達した。過去3カ月の1.43倍と比べるとかなりの変化だ。今年上半期の電子書籍の販売部数は前年同期の3倍に達したとアマゾンは言う。

 iPadには読書用の専用アプリがあるし、アップル自前のオンライン書店も用意されている。だが、アップルの品ぞろえが「数万タイトル」なのに対しアマゾンは63万タイトルとはるかに選択肢が多い。キンドル用のアプリは、iPadでも使えるし、グーグルの携帯向けOS(基本ソフト)アンドロイドを搭載した電話やブラックベリーとも互換性があるので、いつでも好きな所で本が読める。iPad用の電子書籍やアプリは、アップル製品でしか動かない。

 前出のフォレスター社によれば、キンドルにとって良いニュースは、電子リーダーを持つアメリカ人が09年末の370万人から15年までに3000万人近くまで増加すること。悪いニュースは、iPadのようなタブレット型パソコンのユーザーは電子リーダーのユーザー数をあっという間に追い越し、15年までにはリーダー所有者の倍になることだ。

 フォレスターのアナリスト、ジェームズ・マクイビーは、電子リーダー・メーカーは価格帯の上下両方に事業を広げる必要があると言う。安いほうでは、99ドルの電子リーダーを作る。高いほうではiPadのようにビデオも音楽もゲームも楽しめる機器を作る(もっともアマゾンの広報担当者は、タブレット型パソコンは作らないと言っている)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米シカゴ連銀総裁、前倒しの過度の利下げに「不安」 

ワールド

IAEA、イランに濃縮ウラン巡る報告求める決議採択

ワールド

ゼレンスキー氏、米陸軍長官と和平案を協議 「共に取

ビジネス

12月FOMCでの利下げ見送り観測高まる、モルガン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 4
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 5
    幻の古代都市「7つの峡谷の町」...草原の遺跡から見…
  • 6
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 9
    EUがロシアの凍結資産を使わない理由――ウクライナ勝…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中