コラム

「バーベンハイマー」騒動が際立たせた、アメリカ人と原爆の微妙な距離感...日本の惨禍への無理解

2023年08月09日(水)10時40分
『 バービー』と『オッペンハイマー』

『バービー』と『オッペンハイマー』を同日に見ることが流行中 PHOTO ILLUSTRATION BY JAKUB PORZYCKIーNURPHOTO/GETTY IMAGES

<平均的アメリカ人の認識では、「原爆」は血に飢えたファシストとの世界大戦を終結に導いた兵器とされている。過去には「ミス原爆」の美人コンテストまで......>

アメリカで大ヒット中の映画『バービー』と『オッペンハイマー』を合体させた「バーベンハイマー」のミーム(ネット上で拡散する画像やフレーズなど)を見て、幼い日の記憶がよみがえった。

私は当時8歳。スポーツチームのコーチから、対戦相手を圧倒して「ヒロシマ」にしてやれと言われた。翌週、私はその意味を知るため、図書館の百科事典コーナーに足を運んだ。これが人生初の研究プロジェクトだったのかもしれない。そこから私が学んだのは、核兵器による破壊の恐ろしさと罪のない人々を殺戮する核兵器の世代を超える影響だ。

ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボにある「子ども戦争博物館」の展示は、ブランコで始まり、ブランコで終わる。入り口のブランコは、包囲された街に暮らしていた幼少期のナイーダにとって「最も安全な隠れ場所」であり、血染めの現実から逃れられる場所だった。

出口のブランコは61番目の、旧ユーゴスラビア内戦の子供の記憶と直接関係ない唯一の展示だ。「始まり」と題された解説にはこうある。「子ども戦争博物館の展示はここで終わり。だが、このブランコは揺れ続ける。戦時の子供時代が終わっても人生が続いていくように」

私は最初、この言葉の衝撃を受け止められなかった。人道支援物資の包装紙から破れたアディダスの帽子まで、それまでの60の展示に打ちのめされ、混乱していたからだ。そのうちの1つ、ベルマの診断書にはこうあった。「髪の毛1本の差で生存」。

私は張り裂けるような胸の痛みと涙をこらえながら、自分の講義や議論の場で戦争のイメージを気軽に持ち出し、月に15回は「バルカン化」という単語を使ったことを思い出していた。

過去には「ミス原爆」の美人コンテストも

「バーベンハイマー」のミームの判断ミスを生んだ一因は、間違いなく歴史的知識の面でアメリカ人が原爆の惨禍から距離を置いていることだ。平均的アメリカ人の認識では、原爆は血に飢えたファシストとの世界大戦を終結に導いた兵器とされている。一般の日本人に与えた影響とその視覚的イメージが紹介されることは極めてまれだ。

それでも、アメリカ人は日本の惨禍を学ぶことには意外なほどオープンだ。最近の世論調査によれば、原爆投下についてもっと知りたいと答えたアメリカ人は80%で、日本人より多かった。つまり、無神経なミームは現実から目を背け、原爆の残虐性を忘れ去りたいという感情の産物ではなさそうだ。

プロフィール

サム・ポトリッキオ

Sam Potolicchio ジョージタウン大学教授(グローバル教育ディレクター)、ロシア国家経済・公共政策大統領アカデミー特別教授、プリンストン・レビュー誌が選ぶ「アメリカ最高の教授」の1人

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

為替に関する既存のコミットメントを再確認=G20で

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型ハイテク株に買い戻し 利下

ワールド

米大統領とヨルダン国王が電話会談、ガザ停戦と人質解

ワールド

ウクライナ軍、ロシア占領下クリミアの航空基地にミサ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ暗殺未遂
特集:トランプ暗殺未遂
2024年7月30日号(7/23発売)

前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】
  • 2
    BTS・BLACKPINK不在でK-POPは冬の時代へ? アルバム販売が失速、株価半落の大手事務所も
  • 3
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子どもの楽しい遊びアイデア5選
  • 4
    キャサリン妃の「目が泳ぐ」...ジル・バイデン大統領…
  • 5
    地球上の点で発生したCO2が、束になり成長して気象に…
  • 6
    トランプ再選で円高は進むか?
  • 7
    カマラ・ハリスがトランプにとって手ごわい敵である5…
  • 8
    もろ直撃...巨大クジラがボートに激突し、転覆させる…
  • 9
    日本人は「アップデート」されたのか?...ジョージア…
  • 10
    「轟く爆音」と立ち上る黒煙...ロシア大規模製油所に…
  • 1
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 2
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを入れてしまった母親の後悔 「息子は毎晩お風呂で...」
  • 3
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」、今も生きている可能性
  • 4
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 5
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子…
  • 6
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理…
  • 7
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 8
    「失った戦車は3000台超」ロシアの戦車枯渇、旧ソ連…
  • 9
    「宇宙で最もひどい場所」はここ
  • 10
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 3
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラ…
  • 6
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 7
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 8
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story