コラム

暴力と死が蔓延するメキシコで家族写真を撮る意味

2016年06月08日(水)17時38分

From Adriana Zehbrauskas @adrianazehbrauskas

<治安当局や麻薬カルテルによる拉致が蔓延するメキシコで、家族写真を撮影し続けるブラジル人写真家、アドリアーナ・ゼフブロスカス。拉致・殺害された人々は、未来だけでなく、過去の記憶さえも抹殺されてしまったので、このプロジェクトを始めたという>

 メキシコは、膨大な数の行方不明者を出している国だ。アムネスティ・インターナショナルによれば、治安当局や麻薬カルテルなどによる拉致が蔓延し、2006年から2015年までの行方不明者が2万7000人以上にも上る。実際の数はそれより遥かに多いだろう。麻薬カルテルによる報復への恐れと当局への不信から、まだまだ公にされていないものが多いからだ。

 そんな暴力と死が蔓延する国で"記憶"という写真の特性を生かし、「メモリー(記憶)を持たずして、我々は一体何であるのか?」というコンセプトで、恐怖が生活の一部になってしまった人々を被写体としている写真家がいる。Family Mattersという家族写真のプロジェクトで、撮影するのはメキシコ在住のブラジル人、アドリアーナ・ゼフブロスカスだ。アカデミックなバックグラウンドは、ジャーナリズムと言語学だったが、写真の方から彼女に寄り添ってきて写真家になったという。彼女は第1回目のGetty Images Instagram Grantを受賞している。

【参考記事】麻薬取引は、メキシコの重要な「産業」だ
【参考記事】アメリカ本土を戦場化する苛烈なメキシコ麻薬「戦争」

 アドリアーナがこのプロジェクトを思いついたのは、2014年9月にゲレロ州イグアラで起きたアヨツィナパ師範学校の学生43人の誘拐・失踪事件――今も解決していない事件だ――を取材していた時だ。アドリアーナによれば、学生たちの家族のほとんどは、身分証明書の写真か携帯電話に保存された画像を除けば、失跡した愛する者たちの写真を持っていなかった。彼らは焼き殺されたとされ、その未来だけでなく、過去の記憶さえも運命的に抹殺されてしまったのである。同時にそれはまた、かつてないほど大量の写真イメージが生産され続ける現代の"ハイテク時代"の皮肉でもある。写真プリントは、生産されなくなってきているのだ。

I'll be posting @newyorkerphoto until Sunday 27th. Thanks for following! ・・・ Hi, I'm Adriana Zehbrauskas @adrianazehbrauskas, a Brazilian documentary photographer based in Mexico City and posting live this week from Guerrero, where I'm working on a portrait project called "Family Matters". This image: Don Gerardo first came with his wife to have his portrait made . While waiting for his print, he mentioned his horse and how beautiful he was, with his blonde hair... he asked if he could bring him for a portrait too. "Of course I said". I photographed him and Guero and when he saw the picture he said: " What a beautiful horse! I will save this to show it to my grandson, so he will know what a wonderful friend I had." This project was born while I was working with the families of the 43 students from the Ayotzinapa teachers rural school that disappeared last year in Iguala. While working with them, I noticed that none of them had family photos - all they had were snapshots taken on their cell phones that were lost or accidentally deleted. Nobody printed any more pictures. It struck me that these people were not just denied a future with their loved ones, but they were also denied a past - with the lost photos, the memories would also eventually vanish. And who are we, without our memories? It's a paradox, in this day and age, where the amount of images produced has never been greater, and yet, how many of them will survive? And if they don't, what will happen to our history? Is life only a series of physical impulses that cease to have any meaning the moment they stop? A person photographed has achieved a moment of redemption, saved from the fate of being forever forgotten. So I set out to make family portraits and hand out the printed copies right there and then. This is the first trip for this project and you are my witnesses. Photo © Adriana Zehbrauskas @adrianazehbrauskas #mexico #guerrero #huehuetonoc #familymatters #gettyimagesinstagramgrant #iphone #hipstamatic

Adriana Zehbrauskasさん(@adrianazehbrauskas)が投稿した写真 -

プロフィール

Q.サカマキ

写真家/ジャーナリスト。
1986年よりニューヨーク在住。80年代は主にアメリカの社会問題を、90年代前半からは精力的に世界各地の紛争地を取材。作品はタイム誌、ニューズウィーク誌を含む各国のメディアやアートギャラリー、美術館で発表され、世界報道写真賞や米海外特派員クラブ「オリヴィエール・リボット賞」など多数の国際的な賞を受賞。コロンビア大学院国際関係学修士修了。写真集に『戦争——WAR DNA』(小学館)、"Tompkins Square Park"(powerHouse Books)など。フォトエージェンシー、リダックス所属。
インスタグラムは@qsakamaki(フォロワー数約9万人)
http://www.qsakamaki.com

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