コラム

ニューヨークの治安回復に苦闘するアダムス新市長

2022年04月27日(水)10時50分

その一方で、アジア系に対する突発的な殴打などのヘイト犯罪は、21年後半になると刃物を使用した執拗な攻撃事件などに発展して、社会を震撼させました。また、21〜22年にかけては、ホームレスが増加し、特に冬場の厳寒期には地下鉄車内や駅構内に多数のホームレスが住みつくこととなり、治安の悪化に拍車をかけていました。

こうした状況に対する市民の回答として、「警察出身のアダムス氏」が市長に当選したのです。

しかし、アダムス市長就任後も凶悪犯罪は沈静化しません。まず、22年の1〜3月は、オミクロン株による感染拡大のため、一旦戻っていたオフィスの昼間人口が再度テレワークに戻るなど、都市経済の回復は一進一退が続いています。

そんな中で、1月21日には家庭内暴力事件の通報を受けて急行した若い警察官2人がいきなり銃撃されて殺害されるという事件が発生しました。あまりに凄惨な事件に市民の間では衝撃が広がり、アダムス市長はこの2人の警官の死を悼む非常に規模の大きな葬儀を挙行。この際にはバイデン大統領も「警察への予算削減は間違い」というコメントを出して、アダムス市長とNY市警に「連帯する」姿勢を見せています。

ここに至って、BLM運動の影響による「アンチ警察」のムードが薄らいだと判断した市長は、警察力の強化に乗り出し、手始めに3月から「地下鉄ローラー作戦」を展開しました。これは、地下鉄の車内と駅構内からホームレスを一掃するという作戦でした。

治安回復の手応えはつかめない

ところがせっかく保護したホームレスも、窮屈なシェルター(救護施設)の生活を拒否して、テント生活に逆戻りするケースが増えました。そこで、今度は「テント村」の摘発作戦を実施したのですが、やはり保護しても逃亡するケースが多いようです。そこで、市長は、より「プライバシーが守られ」、施設内に「医療施設や薬物中毒治療施設」を備えた改良型のシェルターを開設し、何とか収容実績を確保しようとしています。

その一方で、4月12日にはブルックリン区を走行中の地下鉄で乱射事件が発生、再びNY全市に衝撃が走りました。フランク・ジェームスというアフリカ系の実行犯はやがて逮捕されましたが、一連の「ホームレスへの弾圧に抗議する」という偏った考え方からの犯行ということで、連邦法によるテロ犯罪の容疑となっています。

そんな中で、市長の奮闘に対しては市民は一定の支持を与えています。また、今は「BLMをスローガンに掲げて警察を批判する時期ではない」というムードも共有されています。ですが、コロナ禍の出口が見えない中で、治安回復への確かな手応えはつかめていません。アダムス市長の苦闘はまだまだ終わりが見えません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

テスラ車に対話型AI「グロック」搭載へ マスク氏表

ワールド

国連特別報告者に支持表明相次ぐ、米制裁「容認できな

ワールド

トランプ氏「ロシア巡り14日に重大声明」、ウクライ

ワールド

銅取引業者、中国で売却模索 関税発動前の米到着間に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 3
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 6
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 7
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 8
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 9
    ハメネイの側近がトランプ「暗殺」の脅迫?「別荘で…
  • 10
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story